英語を社内公用語とした楽天やユニクロに象徴されるように、最近の日本企業の多くは社員に高い英語力を求めています。そして、このまま英語力の低い社員が呑気に働ける職場を放置していたら、日本企業は海外市場から締め出されてしまう、といった悲観的な論調をニュースなどでも目にします。
しかし、私は日本人の英語力の無さについて悲観的になるどころか、日本人が英語に力を入れる事に、一体どんなメリットがあるのか理解できません。むしろ、必要以上に日本人が英語にエネルギーを注ぐことは良くないとも思え、他にもっと必要な事があるような気がするのです。
まず、日本企業が海外進出に遅れをとっている、という主張を私はイマイチ理解できません。数十年前から、インドやアフリカでもTOYOTAというロゴの車が走り、欧米の多くの若者がSONY製品を持ち歩いていました。そして、現在も東南アジアの屋台では味の素が必需品であり、香港のスーパーに行けば日清の即席麺の出前一丁が山積みで陳列されています。日本以外の国で、ここまで世界中に企業が進出していている国は他にあるかと言えば、アメリカだけだと思います。そんな現状を踏まえると、日本人の英語力が低いために世界進出が遅れているという主張が不可解に思えてなりません。
次に、現在は昔ほどメイドインジャパンの人気が無い、という事について考えてみます。例えば、SONYがAppleに完敗してしまっている原因は、ウォークマンの時代よりもSONYの社員の英語力が落ちたからでしょうか。そんな事が原因であるはずはなく、明らかにAppleの製品の方がSONYより優れているからと言えるでしょう。
では、SAMSUNGにSONYが負けてしまっているのはどうでしょうか。主な原因は韓国人に比べて日本人の労働賃金が高いために価格競争で負けてしまうという事であって、社員の英語力の違いなどは決して大きな理由とは思えません。
続いては楽天とユニクロについてですが、この二社は主に優秀な外国人にも社内で積極的に働いてもらう事を目的として英語の社内公用語化に踏み切ったようです。確かに、この場合は合理的な様に見えますが、私が外国人の多い職場で働いた経験から考えると、この二社が日本企業であり続けて多くの日本人を雇用していくつもりがあるのなら、どう考えても英語の公用語化は非効率極まりないように思えます。
例えば、両社共にTOEICで700点前後のスコアを社員に求めていますが、それくらいの英語力だと日常会話やメールのやり取り位ならある程度出来るでしょうが、技術の細い話や経営の詳細な数字について通訳無しに話合うのは相当危険だと思えます。そして、社員がその程度の英語力を身に着けたとしても、楽天やユニクロの海外進出が加速されるとも思えません。
つまり、日本人が頑張って英語を覚えれば企業の業績が上がるという事は基本的に結びつかないと思えるのです。なので、特に現在、社会人になっている人が、不得意な英語を無理に学習するのは全くのナンセンスだと感じます。
では、何故ユニクロや楽天は英語の公用語化を推し進めるのかというと、それは賃金の高い日本人をリストラしたいと考えているからではないでしょうか。
間違いなく、ユニクロも楽天も、人口の減少していく日本では売上も頭打ちになるために海外市場に目を向けているはずです。なので、日本人を雇いたくないどころか、最終的には利益を産まずに税金だけ高い日本には本社も置きたくないのではないでしょうか。そして、まず手始めに日本人に対して英語という難題を与える事で、解雇規制や会社イメージの悪化をかいくぐりながら、なるべく会社から日本人を追い出そうとしているのだと私は予想しています。
では、英語が不得意で会社から追い出されそうになっているような日本人ビジネスマンはどうしたら良いのでしょう。日本人を必要としないビジネスモデルの会社しか日本に存在しない未来がやって来るはずはないので、背伸びをしながらそういった会社に雇われ続けようと思わない事が重要だと思います。
そして、英語学習に莫大なエネルギーと時間を割くのをすぐに止める事をオススメします。なぜなら、英語のネイティブスピーカーは外国語としての英語学習に一分たりとも時間をかける必要がないので、その時間を「仕事」を学ぶ時間にあてられます。これだけでも非英語圏の人間には大きなハンデとなります。
それに加えて外国語というのは、どんなに一生懸命学んでもネイティブスピーカーとは決して同等にはなれません。なので、日本人を雇う事にメリットを感じない会社で日本人が英語のみで働こうものなら、ネイティブスピーカーに対して一生凄まじいハンデを背負い続ける事になってしまいます。それはまるで、卓球のオリンピック選手でさえもインターハイに出場する高校生にテニスの試合を挑んで負けてしまうような事で、あきらかに英語が不得意な日本人が撤退すべき職場なのです(数千万円以上も稼げるような外資などに勤める場合は話は別)。
そして、その次に日本人がやるべき事は、品質の良いサービスや製品を生み出す事にとことん集中し、時間を割く事だと思います。それが海外の人にも評価されれば、社員の英語力に関係なく需要は生まれるはずです。
現在は以前よりも帰国子女やバイリンガルの人数も日本国内で増えています。なので、通訳や翻訳サービスの価格が安くなるはずですし、会社に帰国子女を何人か雇って英語絡みの仕事は全て彼らに任せてしまえばいいのです。
すると、ますます時給の高い人が、わざわざ自ら不得意な英語を学ぶメリットなど分からなくなるはずです。もっと言えば将来的には、グーグル翻訳のような技術がさらに進化して、英語が出来無い事でのデメリットなどは、ビジネス上では殆ど消えてしまうのではないでしょうか。もちろんあるに越したことはないでしょうが、そんな未来において英語が出来るかどうかなど、今ほど重要な事ではなくなるはずです。
おそらく、あと10年もしたら現在信じられている日本社会の「英語神話」というのは原発の「安全神話」と同じように消え失せて、単純に仕事の出来る人のみが評価される時代となっているのではないでしょうか。餅は餅屋です。英語が必要な仕事は専門家にまかせて、英語の苦手なビジネスマンは英語の学習などに時間を割かず、とことん「仕事」が出来るようになる事が将来の為になるのではないかと思うのです。
渡辺 龍太(わたなべ りょうた)
World Review編集長
十代後半で単身渡米し、ニューヨークやカリフォルニアで学生映画の出演や制作などをしながら4年過ごす。そして帰国後、テレビ制作会社の業務委託でNHKのニュース番組のディレクターを勤めた。その時に得たニュース制作のノウハウを使ってネットメディアWorld Reviewを2013年5月に設立した。現在はWRの編集長としての活動や、テレビやラジオに出演している。
Twitter @ningenhyoron
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