伊藤元重教授が、日本の経済を成長させるには3つの要因があるとされています。ひとつは、「資本や労働などの生産要素を拡大すること」、ふたつめが「生産性の低い産業から生産性の高い産業へ資本や労働の移動を促すこと」、そしてもうひとつが「イノベーション」です。まったくその通りだと思います。
日本企業が米国ベンチャーのイノベーションに負け続ける理由は何か|伊藤元重の新・日本経済「創造的破壊」論|ダイヤモンド・オンライン :
どのひとつをとっても大切な成長を推進するエンジンですが、伊藤教授も懸念されているように、日本はイノベーションの重要性が叫ばれているわりには、大きなイノベーションが起こすパワーが落ちてきています。従来の製品やサービスの常識や概念を変えてしまうようなイノベーション、そこに新しい市場が生まれ、ダイナミックに市場そのものが新旧交代していくパワーを持っているイノベーションが少ないのです。
そのひとつの原因は、既存技術の延長線上で性能や品質、またコストを下げるイノベーションには積極的だけれど、従来の製品や技術とは根本的に異なるモノやサービスを生み出す、革新的なイノベーションを生み出す風土や仕組みが弱いのでしょう。
そういった革新的なイノベーションは、大企業は不得意だとされています。自らがビジネスを行なっている製品やサービス、また市場を破壊しかねない、しかも成功するかどうかもわからないイノベーションにはチャレンジしにくいからです。それはクリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で指摘していることです。
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press) [単行本]
だから、そういったイノベーションは、全く異なる業界から、またベンチャー企業から起こってくることが多いのですが、日本ではベンチャーを起こそうにも、失敗すると再チャレンジが難しいことが起業のハードルを高くしていて、ネットでは「起業」という言葉が飛び交っている割には起業数が伸びて来ません。
かつては日本の経済の成長エンジンの一翼を担っていたテレビ産業は、いまや日本の荷物とすらいえるような惨憺たる状況です。テレビや放送をめぐる産業が再び成長力を取り戻すためには、たんに改良的なイノベーションを行なってもとうてい無理です。テレビ産業はなんらかの革新的なイノベーションが求められています。
しかし液晶メーカー、また放送局を含め、テレビ業界はいまだに「イノベーションのジレンマ」という重い病気を背負ってしまい、小出しにチャレンジはしているものの、改良の域を超えた展開を避けているのです。
第一は、今放送業界やテレビ業界が狙っている4Kや8Kが典型でしょうが、現在の液晶テレビや電波放送のしくみを改良するだけのイノベーションでは、すぐさま海外メーカーにキャッチアップされます。それはそれで技術として進めればいいことでしょうが、しかし、放送局用の機材では優位に立てたとしても、家庭用のテレビで世界市場で優位に立つ見通しがあるとはとうてい思えません。
あくまで今の電波放送のカタチにこだわっているからで、いくら4Kや8Kになっても、あっと驚く製品やサービスが生まれてくるわけでもありません。
伊藤教授も指摘されるように、「現在の日本のように世界経済のフロンティアに近いところにいると、革新型のイノベーションなしで経済全体のパフォーマンスを上げることは難しい」のです。
さて、そのテレビをめぐっては、アゴラ編集部が、民放各社がパナソニックのスマートテレビの「スマートビエラ」のCMが流されないことを取り上げています。「このテレビ、つけると画面にネット上の情報が出てきてすぐにアクセスできます。テレビ局側は、すぐにネット情報へアクセスできるのは反則、一手間かけろ、と主張しているらしい」のです。
パナの新型テレビCM拒否 技術ルール違反と民放 – 47NEWS(よんななニュース) :
さらに詳しく書かれているASSIOMA(アショーマ)の記事が紹介されていますが、産業電波会の規約によって、「現在のスマートビエラの表示方式では、テレビ放送とyoutube等のテレビ外コンテンツがユーザ操作に関係なく同時表示されてしまうので、視聴者に誤解を与えてしまう恐れがあるというのが、CM放送出来ない理由」だそうで、この記事によれば、拒否されたというよりは、自粛されているということですが、病気がそこにも潜んでいることを感じます。
視聴者を保護することが規制の理由らしいのです。「スマートビエラに映し出されたニコニコ動画をフジテレビの放送と勘違いしてフジテレビにクレームを入れるという可能性もないとはいえない」からだそうです。だからASSIOMA(アショーマ)もこういう発想になります。
リテラシーの高いネット放送と、必ずしもリテラシーが高くない国民全体を対象としたテレビ放送という立場の違いが、今回のCM放送却下の本当の原因なのである。一見すると「テレビ放送の利権」を守っているようで、守っているのは「視聴者」なのだ
。
ASSIOMA(アショーマ) ≫ スマートビエラはなぜ、CMを拒否されたのか? :
視聴者を保護するということで規制をかけるのです。その一般社団法人電波産業会(AIRB)は総務省の天下り先のひとつで、かつてソフトバンクの孫社長が天下り役員の法外な退職金にクレームをつけたこともありました。
孫正義社長「納得できない」 天下り役員の退職金増額にNO – SankeiBiz(サンケイビズ) :
守っているのが、ほんとうに視聴者なのかは疑問です。「視聴者のレベルが低いから、保護するために、まずはスイッチを入れ、テレビ番組を流し、インターネットはそれとわかるようにする」という発想には呆れ果てますが、それでは鶏が先か玉子が先かで、永遠にテレビは変わらないのです。そもそもどのようなタイプのテレビを買うかどうかは消費者はいくらでも選べる時代だというにもかかかわらずです。
規制は、なにも法律による規制だけでなく、こういった団体による「自主規制」も含まれ、まるで網の目のように張り巡らされ、イノベーションを「殺す」のです。
そのテレビですが、先日、帰宅してテレビのスイッチを入れると、あいかわらず4Kがテレビを変えるとか、まったく画質が違うという番組をやっていました。そもそも見ているコンテンツが違うでしょと言いたくなります。超細密の画質を見てはっと息を飲むような違いがわかるコンテンツはそうそう一般的ではありません。商業用の大型スクリーン、たとえばテーマパークとかであれば、その解像度を前提としたコンテンツをつくることができるでしょうが、見るのは「たかがテレビ番組」です。
デジタルハイビジョンの時も、同じようなPRをやっていました。当時も解像度が変われば映像のリアリティや迫力が変わると言っていました。球場での臨場感も違うと。着ている衣装の繊維まで見えて、それがどうしたの?といいたくなります。解像度が良くなってテレビ番組が面白くなるのでしょうか。ありえません。
デジタルハイビジョンで、テレビを見る人が増えましたか。番組が面白くなりましたか。なにか報道の中味が濃くなりましたか。デジタルハイビジョンになっても、あいかわらず番組が面白く無くなったという不満は消えていません。こちらは、ダイヤモンド・オンラインのアンケート結果です。対象者が偏り過ぎで、あまりいい質問方法だとも思いませんが、それでも、結果が逆転することはないでしょう。
テレビをこんなにつまらなくした真犯人は誰だ!? 視聴率とクレームの狭間で潰される制作現場の悲鳴|News&Analysis|ダイヤモンド・オンライン :
4Kや8Kという時代も早晩くるでしょう。4kや8Kの液晶テレビが今の液晶テレビと価格差がほとんどなくなった時です。わざわざ解像度の低いテレビを選ぶ人はいないですから。
なぜ、そういう風になるのかを考えてみました。やはり地上波放送とかBSとか、電波による「テレビ放送」にこだわりたい、この旨味のあるビジネスを死守するというので頭の中がいっぱいで、ところがそれが斜陽化してきた、考えられる手は打ったけれど、そこに解像度を上げていく技術の自然な流れのなかで、4Kがある、いやその先は8Kもあるとなってきたのでしょう。救世主に見えるというか、救世主だと信じたいのです。技術信仰もそこまでいけば立派なものです。気の毒にと感じてしまいます。
さて、テレビはジリ貧の産業です。液晶テレビが売れなくなったというだけでなく、そもそも真綿で首を締められるように、テレビのスイッチを入れて放送番組を見る世帯がじわじわと減ってきています。録画した番組を見ている場合はカウントされません。その統計データがHUT(総世帯視聴率)です。世帯視聴率の計算方法 | ビデオリサーチ :
急激な変化には驚いて対応します。しかしこのHUT(総世帯視聴率)の長期的な低下傾向のような変化には、それぞれが「改善」によって対応しようとします。それが「ゆでガエル現象」となるのです。熱い湯に放り込まれたカエルはびっくりして逃げますが、じわじわと湯音が上がっていくと、変化に慣れ、やがて茹で上がってしまうという例えそのものです。
液晶テレビは思い切ったイノベーションが必要と考え、パナソニックもタブーにチャレンジしたのでしょうが、放送局、テレビ業界の護送船団はそれを許さないということでしょう。
テレビをどう再生させ、日本の成長エンジンのひとつに育てるかを考えてみれば、日本の成長を阻んでいるものがなにかも見えてくるような気がします。