こないだ横浜美術館で開かれている「プーシキン美術館展」へ行ったんですが、「どうして文学者の名前が美術館につけられてるのか」と疑問に思い、いろいろと調べてみました。プーシキン美術館は、ロシアのモスクワにあります。その名は、ロシア近代文学の基礎を作った国民的な作家、アレクサンドル・プーシキン(1799~1837)の没後100年を記念してつけられたそうです。ちなみにサンクトペテルブルクには別にエルミタージュ美術館がありますが、こっちの名前はロマノフ朝の「離宮」とでもいうような意味からつけられています。
プーシキンは古い貴族の家柄に生まれたそうです。しかし、母方の曾祖父はエチオピアともカメルーンで生まれたとも言われている黒人奴隷からロシアの将軍になったアブラム・ガンニバル(1696~1781)。ガンニバルの孫、ナジェージダがプーシキンの母です。彼自身、自分の中に流れるロシア貴族の血とアフリカの血の両方を誇りにし、それは彼の作風にまで影響しているらしい。そもそも曾祖父のガンニバルがどうしてロシアへ連れてこられたのかといえば、当時の皇帝ピョートル一世が「人間の能力は人種には影響されない」ことを証明するためだったそうです。
プーシキンは貴族出身でありながら、デカブリストに共鳴し、帝政を批判するなどして皇帝の秘密警察に睨まれていた作家です。デカブリストの乱はその後、ナロードニキとテロリズムへ受け継がれていく。ソビエト連邦下の政策では、これら農奴解放運動はその後のロシア革命へつながった、と評価され、そのためモスクワの国立美術館に「元祖革命的文学者」であり「インターナショナルな遺伝子」を持ったプーシキンの名前をつけた、というわけです。
※ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル『聖杯の前の聖母』1841年
で、今回の美術展はタイトルが「フランス絵画300年」。ロマノフ朝時代から革命前夜にかけてロシア人が集めたフランス絵画を中心に構成されています。ロマノフ朝の西方への憧れは強烈で、大黒屋光太夫が拝謁したエカチェリーナ二世はドイツから嫁に来たし、フランス人の技術者や軍人を高給で雇ったりしました。西方の芸術にも目がなく、特にフランス芸術への傾倒ぶりは人目もはばからず、といった感じだった。ロシアは西方に憧憬を抱き、南方へ野心を抱き、東方に収容所を抱き、北方には核ミサイルを抱いた、というわけです。
※ピエール=オーギュスト・ルノワール『ジャンヌ・サマリーの肖像』1877年
そんなわけで、17世紀のプッサン、18世紀のブーシェ、19世紀半ばのアングル、19世紀後半のモネやルノワールら印象派、20世紀初頭のピカソやルソーなど、多種多様なフランス絵画が時系列的に展示されています。眺めていくとなかなか楽しい。目玉作品以外にもけっこう興味深い作品があります。中でも個人的に好きだな、と思ったのは、コローとシモンの両方とも偶然なのか『突風』というタイトルの絵。ロシア人は突風好きなのか。そういえば、見に行った日は夏の突風が吹いてました。
※リュシアン・シモン『突風』1902~3年ごろ
ところで、プーシキンが自分の名前をこの美術館につけられて喜んでるかどうかは疑問です。なぜなら、彼は、美貌の妻、ナターリアをめぐり、フランスから亡命してきたフランス人士官、ジョルジュ・ダンテス(1812~1895)と決闘し、腹を撃たれて死んだから。フランスから持って来るのは絵だけにしろよ、と思ってることでしょう。
※このブログで紹介している写真は、横浜美術館より特別許可をいただいて撮影したものです。この夏の横浜はロシアづいていて、みなとみらいではシベリアのマンモスを見ることができるらしい。こっちもおもしろそうです。
石田 雅彦
プーシキン美術館展「フランス絵画300年」
会期:2013年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
会場:横浜美術館
〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1 アクセス※6月21日より、みなとみらい駅最寄り出口が、5番から3番へ変わりました。
開館時間:10:00~18:00(8月、9月の金曜日は20:00まで開館、入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜日(ただし8月1日、15日は開館)
お問い合わせ:ハローダイヤル03-5777-8600(8:00~22:00 無休)
主催:横浜美術館、朝日新聞社、テレビ朝日、BS朝日、プーシキン美術館、ロシア連邦文化省
後援:外務省、ロシア連邦大使館、ロシア連邦交流庁(Rossotrudnichestvo)、横浜市、神奈川新聞社
協賛:三井物産、トヨタ、日本製紙、大日本印刷
協力:日本航空、アクティオ、みなとみらい線、横浜ケーブルビジョン、FMヨコハマ、首都高速道路株式会社
※横浜の後、9月28(土)~12月8日(日)に神戸市立博物館へ巡回します。