独週刊誌シュピーゲルの出版社から月1度、「大学シュピーゲル」が送られてくるが、7月号にロボットを使って講義しているデンマークのオールボー大学のヘンリク・シェルフェ教授(コミュニケーション心理学)のことが紹介されていた。ロボットは教授と同じような容貌と背広を着ているから、授業に初めて参加した学生は講義する教授がまさかロボットということに気が付かない。本物の教授は別の部屋からロボットの様子をみながら講義する、といった具合だ。教授が講義で利用するロボットは日本製だ。教授は日本に行き、自身とそっくりなロボットの製造に関与してきた。
▲ロボットを講義に利用するシェルフェ教授
ロボットの応用が工場や台所、病院、そして大学まで急速に拡大している。そのロボット技術をリードしているのは日本、ということはよく知られている。生活の場で利用されているロボットの約30%は日本で使用されているといわれるほどだ。
ところで、どうして日本でロボット技術が発展してきたのだろうか。もちろん、欧米先進国も開発に乗り出しているが、ホンダのASIMO(アシモ)を見ても分かるように、ロボット技術では日本は世界最先端を走っているのだ。
その点について、日系米国人の理論物理学者(超弦理論)、ミチオ・カク教授はその著書「未来の物理学」の中で二つの理由を挙げて説明している。一つは日本が急速な人口減少に直面していることと関連する。女性が一生で出産する子供の数、合計特殊出生率は1.2前後だ。人口を維持するためには基本的には2.0以上が必要だ。だから、日本は近い将来、人口が1億人以下に減少することが予想される。そのうえ、移住者が少ない。欧州諸国も女性の特殊出生率はフランスなど一部を除くと低いが、移住者が殺到しているから、日本のような人口減少は起きていない。
人口が減少すれば当然、労働力不足が出てくる。そこで人間に代わってロボットが工場の生産工程や病院の患者のお世話などを担当するようになるわけだ。「必要は発明の母」というのはここでも実証されるわけだ。
カク教授が指摘する2番目の理由は、神道の影響だ。人間だけではなく、森羅万象全てに心や魂のようなものが宿っていると考える神道の影響もあって、日本人はロボットを単に機械の集合体とは見なさず、自分の友、仲間のような思いでロボットに接する。まさに、自分の手足のように考え、ロボットと交流できるわけだ。
カク教授によれば、米国ではロボットを恐ろしい異邦人、怪物のように受け取る子供たちが少なくないという。日本人のようにロボットを友のように感じない。そこで日米間のロボット開発の差が出てくる。愛があれば、開発する努力とエネルギー投入で違いが出てくるわけだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年7月15日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。