「ネット選挙」は政治を根底から変える力をもつはずだ。このような期待を抱き、今回の参院選――日本で初めての「ネット選挙」が終了した。ネット選挙で期待されたイメージと現実とのギャップについては、今後、有識者を中心に整理がなされると思われるが、以下では、経済学の視点から、ネット選挙の課題を考えてみたい。
まず、ネット選挙のメリットは、(1)コスト削減(例:選挙ポスターやチラシの削減)、(2)政党や立候補者の主張・活動内容の比較強化、(3)立候補者と有権者を直接結び付ける双方向性の強化(例:選挙期間中でのFacebookやTwitterの利用)、というのが一般的なイメージに違いない。他方、デメリットは、ネット上の誹謗中傷や虚偽の書き込みの横行・拡散とするのが通常であろう。
その際、ネット選挙はそのデメリットを上回るメリットを予測して解禁したはずであるが、上記(1)-(3)のメリットはどの程度まで達成できたのだろうか。今回の選挙では、その効果に疑問をもった有権者も多いはずである。例えば、拙書『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)で指摘する懸案については、候補同士の論戦は全く深まらなかった。この理由は、ネット選挙は「目的(What)」でなく、選挙の質を高めるための「手段(How)」に過ぎないという視点が欠けているためである。
「選挙」を経済学の視点で考える場合、政党や立候補者は票を得るために「政策(=公約)」という商品を販売する供給者(=売り手)、有権者は票でそれら商品である「政策(=公約)」を購入する消費者(=買い手)と位置づけられる。その際、選挙の質を高めるためには、(a)供給者(=政党・立候補者)の参入や競争を促進し、(b)消費者(=有権者)と供給者(=政党・立候補者)との間に存在する「情報の非対称性」を可能な限り解消する視点が重要となる。
では、上記(a)・(b)の視点で、ネット選挙に期待される本当の役割は何か。
政治のメディア戦略の一環として、「政治マーケティング」という概念がある。政治マーケティングとは、「有権者」を「市場」とみなし、企業のマーケティング手法を政治に持ち込み、効果的かつ効率的に「票」を得る手法をいい、その多くはテレビや新聞といったマスメディアを通じて戦略を実行する。
戦略が巧みな場合、肝心の商品である「政策」の中身に問題がある状況でも、何らかの上手いキャッチ・コピーやスローガンを編み出し、本当の論点を隠蔽することも可能とする。また、有権者が深く意識する前や知らぬ間に「世論」を創りだすことも可能となる。なお選挙期間中、全国ネットで流れる政党のテレビCMは1本15秒で数百万円、新聞広告は1回で数千万円とも言われており、その多くは政党交付金や選挙公営費から支出され、キー局などのメディア関連会社に流れているという指摘もある。
その際、ネット選挙は、資金力の多い政党・候補者のメディア戦略の観点から、ネット上に蓄積された膨大なデータを活用しつつ、「政治マーケティング」をより強化する方向に向かうはずである。
だが、問題はその是非にあるのではない。むしろ、上記(b)の関係で最も重要な視点は、政党・立候補者と有権者の情報のギャップを埋め、政策重視の選挙戦となるよう、環境整備を図ることである。このため、選挙区ごとに関心の高い政策テーマをいくつか調査し、市民ホール等で、そのテーマごとに数日間に渡って、候補同士の戦いの場である公開討論の開催をルール化してはどうか。すなわち「政策討論コロシアム」である。候補同士の長い討論を通じて、各候補の政策の中身や、政治家としての資質・能力の見定めもできる。
例えば、1日3~5時間の公開討論として、初日は成長戦略、世代間問題や財政・社会保障(年金・医療・介護とその財源)、2日目は教育・雇用・少子化対策、3日目は外交・安全保障、4日目は憲法について意見を戦わせるのである。また、政策の具体的中身が正しく伝わるよう、討論においてプレゼン資料の利用を認め、テーマと関係する有権者や専門家との質疑応答もある方がよい。その上で、これら動画を、公的な専用サイトに、各党の政権公約(プレゼン資料)や各候補の演説(30分)とともに掲載し、ネット配信する。政権公約・演説は、政策議論を活性化するため、公開討論の前にネット配信する。
このような徹底討論は、従来のNHK討論番組等では時間の制約があり、不可能であった試みであり、ネット選挙で初めて可能となる仕掛けである。もっとも、このような仕掛けの萌芽は、アゴラ「言論アリーナ」や「ニコ生」等でも一部見られたが、選挙区ごとの試みでなく、各立候補者の政治家としての資質・能力を見定めるものとしては十分に機能していない。
なお、上記(a)との関係で、最後に政治家の人材供給ルートの開拓・多様化の重要性についても言及しておきたい。政策の質、政策実行力を決定するのは、政党に所属するメンバーの政策力である。このため、政策重視の選挙を進めるには、幅広い人材供給(=新規参入)を通じて、政策競争を促す仕組みの構築が不可欠である。
そこで提案したいのが、会社員や公務員・大学教官等の身分を留保した形での議員兼職を認める「政界出向制度」や「一時的な休職の形で議会活動を認める制度」の導入である。ドイツやフランスでは、公務員の議員兼職が認められている。投票したいと思わない政党や立候補者が多い場合、その解決には、政治家の人材供給ルートの間口を広め、競争原理を促進しつつ、幅広い・多様な人材が政治システムに参加できる仕組みを構築することが重要である。ネット選挙は、そのような環境を支援する一つの手段になるはずである。
(法政大学経済学部准教授 小黒一正)