GEPR編集部(アゴラ研究所フェロー・石井孝明)
(GEPR版)
左から池田、石川、石井の各氏
「原発停止、負担10兆円の行方(上)– 新潟県泉田知事と東電の対立」から続く
再稼動の遅れ、全面稼動は8年後?
再稼動の遅れは、新潟県の泉田知事と東電の対立だけが理由ではない。「新基準により審査をやり直す原子力規制委員会の方針も問題だ」と、池田信夫氏は指摘した。報道されているところでは、原子力規制庁の審査チームは3つ。これが1基当たり半年かけて、審査をする。全部が終了するのは、単純な計算で8年先になる。
また原子力規制委員会はベント(圧力調整)システムを、福島と同じ沸騰水型原子炉に取り付けることを要請した。これは東京、中部、東北各電力の原発だ。しかし大工事のできる会社はフランスのアレバ社などに限られ、設置費用も数百億円必要になる。さらに稼動が遅れる見通しだ。
一連の規制は電力会社の了解の上で行われるものではない。福島原発事故で電力会社と規制当局の癒着批判が起こり、その反動で対話が行われなくなってしまった。これが混乱を招いている。
「電力の設備は、民間企業の資産だ。これが国の規制で動かないなら、負担軽減のため、普通なら前の基準で動かすことを行政は認めるのが通例だ」と石川氏は述べた。石井(記事筆者)も「原発の停止による燃料費の増加は1年で1基1000億円かかる。この状況が続けば、あと数年で電力会社の経営は危機に陥る」と、現状をまとめた。
コスト負担は個人の生活に転嫁される
一連の原発の停止は、法的根拠がなく、政令・省令での規定もないまま行われてきた。これは、これまでのGEPRの記事で指摘してきた。「コスト負担を今は電力会社の問題と思っているから深刻に受け止めていない。経済的な負担が見えるようになれば、変わる可能性がある」と池田氏は述べた。
石井は経済的負担がどのようになるかをまとめた。(図表4「原発停止によるコスト増」)今年5月に平均9・75%、大口で15~20%の値上げをした関西電力管内では、その負担増加分は2万4000人分の電力増加になる。かりにコスト増分の3割、電力料金が一般料金に転嫁されれば、家庭で月6000円以上、中規模工場で月100万、大規模工場で月1000万円以上の負担となる。
電力料金の値上げをめぐっては、電力会社の社員の給料が高い、独占による無駄遣いが多いという指摘があった。「ところが東京電力本体で、従業員賃金は3500億円程度だ。電力会社は設備産業であり、賃金を減らして、原発停止分の負担が埋め合わせられるわけではない」と池田氏は指摘した。
石川氏は電力料金の仕組みは、初期投資が膨大なため、規制下で利益を確保し、その上で投資分を長期に渡って回収するものであると、説明した。「原発は自分の「葬式代」、つまり廃炉費用を長期の稼動で利益を出して積み立てる。ところが、今は止まっていることで、葬式代も出せない」と述べた。
原発停止により、日本のエネルギー負担の増加は11年から13年まで9・6兆円になる。「消費税の増税が来年14年4月に迫る。海外に国富が流失する中で、消費増税のショックを日本経済は耐えられるのか。アベノミクス(自民党の経済政策)の先行きが失速しかねない」と、石川氏は懸念した。
放射性廃棄物、重要問題だが今解決の必要はない
こうした経済論からの問題提起をすると、原発の使用済核燃料の処理の懸念という別の論点から原発反対を述べる人がいる。石井は、現状を説明した。今年中に青森県六ヶ所村の核燃料施設が稼動し使用済核燃料の容積を減らせる。そして世界の他の国と同じように、今すぐ解決は難しくても、今後20-30年の間に最終処分地を見つける時間があるという。「確かに問題は深刻で核燃料廃棄物は危険です。しかし大型原発を1年間フル稼働させて出る廃棄物は24トン程度。それを稼動させても、日本中がそれでいっぱいになる状況ではない」という。
「「トイレ無きマンション」と原発政策を批判する人がいる。確かにそうした面はあるが、使用済燃料の乾式処理、また六ヶ所の稼動など、状況を変える新しい動きもある」と石川氏は付け加えた。
使用済燃料で問題になるのは、プルトニウムだ。それが10万年経過しても毒性が消えないことを懸念する人が多い。池田氏は「もちろん問題だが、経口毒性が同じ程度は危険な水銀、六価クロムなどが年何トンも各国の工業生産を通じて、廃棄されている現実がある。核物質だけに関心を向けるのは、リスク管理の面で妥当ではない」と疑問を述べた。
それを受けて、石川氏は経産省での行政官の経験から「エネルギーの中で、原子力は倫理とか正義が絡んで主張が複雑になる特別な存在だった。そういう観点は大切だが、今はそれでエネルギー問題が語られすぎている」と述べた。
事態の収束は「政治の決断」
こうした一連のエネルギー問題は「原子力をめぐる政治の決断が解決に必要だ」と池田氏は強調した。原子力規制委員会は独立性を強めた形で、民主党政権下、自民党も賛成して、設置法が決められ、昨秋に発足した。「混乱した状況の整理を国が指導して再稼動、そして原子力の位置づけを考えるべきだ。参議院選挙まで自民党は安全運転だったが、状況を見直さなければならない」と池田氏は話した。
そして、おそらくこの福島原発事故後の混乱を眺め、新規に原発を建設する電力会社はないと池田氏は指摘した。そのうえで、「今ある原発を稼動させれば、発電コストは安い。別に原発を全面肯定するわけではないが、温暖化や無資源国日本のエネルギー安全保障を考えれば、原発は有効な選択肢の一つだ」と述べた。
石川氏も同意し、「設置法の改正で首相、もしくは大臣の指揮権を、規制委員会に加えるべきだ。その上でエネルギーをめぐる国民的な議論が必要だ」と述べた。福島事故前、行政も、電力会社も「事故は起こらない」「日本の技術は安全だ」という神話にとらわれていたという。「神話が間違いと分かった以上、正確な事実とリスクを示し、冷静な議論が行える状況になっている」と話した。
石井はそれを受け「正確な情報が議論の前提となる。原発停止による負担が自分たちに影響することを認識する必要があるのではないか。安全、安心も必要だが、それを過度に追求することによる経済的負担が、生活や命を脅かす可能性を考えるべきだ。3年で10兆円近い原発停止のコスト負担が必要であるとは思えない」と指摘した。
最後にアンケートとして、「原発を再稼動するべきか」と視聴者に聞いた。「するべき」が59・4%、「するべきではない」が35・3%、「わからない」が5・3%となった。池田信夫氏はこの結果を受けて、「多くの人が冷静に問題を考えようとしているのかもしれない。この問題を繰り返し取り上げることで、考える材料を社会に提供したい」とまとめた。