脱法ハウスの行政指導にみる、官僚のマスコミ迎合

伊東 良平

国土交通省は7月19日、建築士や不動産業関係者、建設業関係者に対して、オフィスや倉庫に人を住まわせたり、マンションの一室や戸建て住宅を多人数が住めるよう改築した、いわゆる「脱法ハウス」に関与することを禁じる通達を出した。通達は国土交通省住宅局建築指導課長名となっている。日頃から不動産の評価を行っている者からすると、「何をこの期に及んで」の感がある。マスコミが取り上げると官僚が動く、この国の病理を見る思いがする。

建築基準法などの建築関係法令に違反する「違反建築」は、街にゴロゴロしている。不動産鑑定評価に際して対象となる不動産の遵法性をチェックするのは重要な仕事の一つであるから、日頃から違反建築に向き合って仕事をしている。依頼を受けた建物を一つ一つを見てゆくと、多くの建物で何らかの違反が見つかるものである。

建築関係法令の違反の例として、駐車場を倉庫に改装して容積率オーバーになる、屋外通路に窓を付けて開放廊下の規格を満たさなくなる、飲食店舗を物販店舗に切り換えて避難通路の幅が足らなくなる、などがある。軽易なものとしては、屋根付きのカーポーチを取りつけて建ぺい率オーバーになる(戸建住宅に多い)、人の入れる物置を設置し増築の確認申請を怠る(賃貸マンションに多い)、などがある。脱法ハウスならぬ脱法オフィスも都心部に散見される。建築基準法では共同住宅の共用廊下は容積床に不算入となるため、広い事務所空間に風呂を付けて「共同住宅」として確認申請される(SOHOワンルームマンション)例がある。登記上も共同住宅だから人が住んでいる限り問題にはならないが、初めから不特定多数が出入りすることを前提に設計され、現に事務所として賃貸されていれば問題であろう。

そもそもこの国の「建築基準法」は、建築物の”建築”の際に、確認申請という手続によってその合法性を担保する仕組みにしかなっておらず、建物が建った後もそれがルール通りに使用されることを担保する仕組みがほとんどない。消防設備については消防点検という仕組みによって安全性が管理されるが(これは消防署の管轄)、建物全般については、いわゆる「定期報告」(建築基準法12条に規定)が義務付けられている建物でなければチェックが行き届かない。新築や増改築の際には建築士が係るから建築物の合法性がチェックされるが、古い建物は新築時の図面等が残っていないことも多く、そもそも現況が合法的に建っているのかどうか判断がつかないケースが多くある。建築基準法8条に「建築物の所有者、管理者又は占有者は、その建築物の敷地、構造及び建築設備を常時適法な状態に維持するように努めなければならない。」とあるものの、一般の建物のオーナーやテナントは建築関係法令には素人である。素人である建物の持主や店子に、建築基準法と同施行令のような複雑な法令を理解させること自体に無理があるだろう。

不動産業界では、不動産取引の際に建物の遵法性を調べることが既に一般化しており、「脱法ハウス」などはすぐに買主側から指摘される。何をいまさら国交省は自治体を通して建築・不動産業界に行政指導するのか。

思えばこの国は、下図のように4者が4竦みとなって人々を支配しているように感じられる。時計回りに強みを持ち、斜め方向に結託している。今回の行政指導も、マスコミが不動産業界をスポンサーとして抱え込むために官僚を持ち上げた、と考えるのは邪推だろうか。

建物の遵法性の確認については、前述の通り不動産業界は数年前から取り組んできた。マスコミが報道したからといって、「脱法ハウス」だけを取り上げて問題にするのは筋違いである。建築物の遵法性の確保には、小手先の指導ではなく、もっと地道な努力が求められる。既存建物の遵法性を確認する具体的方法については、こちらの拙論をご高覧いただければ幸いである。

伊東 良平
一級建築士/不動産鑑定士