「中長期試算」と「財政見通し」を巡る問題点:慎重シナリオでも楽観的

小黒 一正

安倍政権は8月上旬、「中長期の経済財政に関する試算」を公表した。同試算は、中長期のマクロ経済や財政の姿を推計したものであるが、財政見通しとの関係で問題が多い。以下、この点について簡単に記載する。

まず第1は「経済成長率の前提」である。中長期試算では、アベノミクスが掲げる3本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)が成功し、今後10年の平均成長率は実質2.1%、名目3.4%となる「経済再生ケース」を基本シナリオとしている。だが、この前提は「(名目成長率が)1-2%程度の民間調査機関の予測に比べるとかなり強気」(日経新聞・2013年8月9日朝刊)であり、財政見通しとの関係では「楽観的な」ものとなっている。

むしろ、世界標準の財政見通しでは、慎重な成長率の前提を採用するのが常識である。このため、ここ数年(2010年-12年)の中長期試算では「慎重シナリオ」を基本シナリオとしてきたにもかかわらず、今回の中長期試算では、民間の予測に近い「慎重な成長率」は「参考ケース」(今後10年の平均成長率=実質1.3%、名目2.1%)に位置づけられてしまった。


第2は「財政見通しの甘さ」である。上述のとおり、過去の試算では、慎重な成長率による中長期のマクロ経済や財政の姿も試算・公表してきたが、実は、その試算も甘いのが現実である。この実態は、以下の図表(拡大版はこちら)で一目瞭然である。この図表の折線グラフは、2006年1月から13年8月の間に公表された中長期試算等の中から、「慎重な成長率」の下での国・地方の基礎的財政収支(対GDP、以下「PB」という)の予測をプロットしたものである。

アゴラ第68回(図表)

具体的には、「2006年1月版(リスクシナリオ)」「2007年1月版(制約シナリオ)」「2008年1月版(リスクシナリオ・歳出削減A)」「2010年6月版(慎重シナリオ)」「2011年1月版(慎重シナリオ)」「2011年8月版(慎重シナリオ、増税込み)」「2012年8月版(慎重シナリオ、増税込み)」「2013年1月版(参考シナリオ、増税込み)」のPB予測である。

これら予測を、「黒線」のPBの実績と比較すると、「2006年1月版(リスクシナリオ)」「2007年1月版(制約シナリオ)」「2008年1月版(リスクシナリオ・歳出削減A)」のPB予測が論外であることはいうまでもないが、ここ最近の「2010年6月版(慎重シナリオ)」「2011年1月版(慎重シナリオ)」のPB予測も2011年度・12年度で実績との乖離が大きいことが読み取れるはずである。

もし実績のPBの動きと平仄を合わせる場合、2015年度や20年度のPBは大幅に悪化するはずであるが、「2011年8月版(慎重シナリオ、増税込み)」「2012年8月版(慎重シナリオ、増税込み)」「2013年1月版(参考シナリオ、増税込み)」のPB予測がそうなっていないのは試算が5%増税込みとなっているためである。

だが、それでも、2012年度における「実線」のPBの値は、「2011年8月版(慎重シナリオ、増税込み)」「2012年8月版(慎重シナリオ、増税込み)」のPB予測よりも悪化しており、PB予測は若干甘い可能性があると判断せざるを得ない。よって、増税の見直しや先送り等があれば、国際公約である2020年度のPB黒字化はもとより、15年度のPB赤字の半減達成も厳しい可能性がある。

第3は「中長期試算の推計期間」である。実はあまり知られていないが、中長期試算の推計は常に2023年度までの予測で終わっており、24年度以降の予測は公表されていない2009年6月版の「経済財政の中長期試算」で初めて、「2023年度」までのマクロ経済・財政の予測が試算・公表された。

すなわち、「15年間」(2023年度-2009年度)の推計である。本来であれば、翌年の2010年版の中長期試算では、推計期間を1年先延ばしし、「2024年度」までの予測が試算・公表されてもよいはずであるが、そうでなく、2023年度までしか公表されていない。

この構図は、2011年版以降の試算も同様であり、今回(2013年8月版)の中長期試算でも2023年度までの予測で終わってしまっている。その結果、(政治的な意図は不明だが、)現在では「10年間」程度の推計期間に短縮され、2009年6月版と比較し、マクロ経済・財政の公式な予測情報は徐々に縮小している状況にある。

以前のコラムでも指摘したように、10年程度の予測では、中長期の視点でみた社会保障費の本当のコストを国民が正しく評価・認識できるはずがない。諸外国では、このような問題を回避するため、より長期の財政に関する将来推計を公表しており、東京財団が提唱する独立推計機関の設置も含め、早急の改善が望まれる。

(法政大学経済学部准教授 小黒一正)