日本は核燃料サイクルを放棄するなかれ・その1 --韓国はなぜ再処理を目指すのか

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金子 熊夫
外交評論家 元外交官(初代外務省原子力課長)

はじめに:私は「御用学者」ではない!

3・11福島原発事故から二年半。その後遺症はいまだに癒えておらず、原子力に対する逆風は一向に弱まっていない。このような状況で、原子力の必要性を口にしただけで、反原発派から直ちに「御用学者」呼ばわりされ、個人攻撃に近い非難、誹謗の対象となる。それゆえ、冒頭で敢えて一言言わせていただく。


私事ながら、幼少時代から典型的な文系人間で、理数科目が不得意であった拙者は、本来原子力のような科学技術分野には無縁であったが、30台初め、職場の外務省という役所で偶々、原子力、海洋・宇宙開発、環境問題などの国際政治関係を扱う部局に配属され、後で詳述するように、1970年代半ばから、再処理問題に関する日米原子力交渉を担当し、命を削るほどの苦労を経験した。

その結果、以後40年近く原子力問題との腐れ縁が続いており、多少の社会的発言もしてきた。言うなれば、原子力ムラの正規の住民ではないが、ムラの直ぐ近くに住む「門前の小僧」が日頃耳で聞き覚えたお経を我流で唱えているようなもので、所詮技術的、専門的なことには疎い。

ただ、他のエネルギーと違って原子力には国際政治、外交的な側面が少なくないので、筆者のような種類の人間の関与が必要だと信じ、これまで誰からも頼まれてもいないのに自分勝手に付き合ってきたわけで、いわゆる原子力業界に在籍したこともそこで禄を食んだことも生涯一度もない。

従って残念ながら「御用学者」の資格はないのであるから、そのように呼ばれることは断固拒否する。にもかかわらず世間の非難や罵詈雑言を覚悟で原子力擁護論を展開するのは、憚りながら、一国民として、日本という国の将来を憂うるからで、国内の現状を到底座視できないからである。

再処理権を熱望する韓国の恨み、妬み

さて、3・11以後止まっている原発の再稼働問題が大きな焦点となっている折、お隣の韓国では、懸案の韓米原子力協定改定交渉で国内が揺れている。この交渉の最大の争点は、韓国が、米国産の核物質(ウラン燃料)を原子炉で燃やした後の、いわゆる使用済み核燃料を再処理し、その結果抽出されたプルトニウムを利用する「権利」を米国から勝ち取ることができるかどうかである。

実はこの問題は、従軍慰安婦や竹島領有権問題などの陰に隠れて、日本ではほとんど報道されないので、日本人の多くは無関心のようだが、日本にも決して無関係な話ではない。対岸の火事と思って油断していると危険である。

李明博前政権以来数年越しの必死の対米交渉にもかかわらず、韓国は、対米説得に失敗した。今年五月半ば、就任後初めての訪米で、朴槿惠大統領も、この問題でオバマ大統領と直談判したが起死回生の一打は出なかった。結局、来年3月で満期を迎える現行原子力協定を暫定的に2年間延長してさらに交渉を継続することで、何とか折り合いがついているようである。
米仏日露に続く世界第5位の原発大国である韓国では、現在23基が稼働中だが(うち約10基は目下定期検査、トラブル、不正事件などで停止中)、もし再処理ができなければ使用済み核燃料のサイト内貯蔵能力が限界に達し、このままでは数年以内に原発閉鎖は避けられない状況だ(と韓国側はしきりに説明している)。

核実験やミサイル発射など傍若無人の行動が目立つ北朝鮮との対決の最前線で日夜頑張っている韓国の苦しい立場をオバマ政権は一向に理解してくれないという不満や、同じ米国の同盟国である日本には先刻自前の再処理・濃縮を認めておきながらあまりにも不公平だという恨み、やっかみが渦巻いているのは明らかだ。

さらに、韓国は、前政権時代から原発輸出に熱心で、今後20年以内に全世界の原発新設の3分の1を受注し、フランス、ロシアに次ぐ第3位の原発輸出国たらんと公言しているが、自国で再処理ができないとなると商談で不利を蒙るという事情もある。周知のように、2009年末に韓国は、日本、フランス、ロシアなどの競争相手を抑えて、アラブ首長国連邦(UAE)への原発輸出の受注に成功したが、UAEは自発的に再処理を放棄する政策を採っているので問題とならなかった。

しかし、UAEのケースは例外的で、原発を導入しようとしている他の新興国は、将来の使用済み核燃料対策として再処理の選択肢を残しておきたいと考えている国が多い。ちなみに、日本が最近2、3年間でベトナム、ヨルダン、トルコなどと結んだ原子力協力協定では、将来、日本の事前承認を得れば日本製の核燃料の再処理が可能という形になっている。(編注・これは一部の誤解があるが、核廃棄物を日本が引き取るという意味ではない。廃棄物は各国が処理する原則になっている。)

現米韓原子力協定は40年前の米核抑制策の延長

ここで、話がやや専門的になるが、一般読者諸氏のために、原子力分野における国際規制の基本的な仕組みについてごく簡単に説明をしておこう。およそ再処理問題や原発輸出問題を議論する場合には、最低限この程度のことは是非理解しておいてほしいという趣旨である。
そもそも、平和利用のための原子力技術へアクセスする権利は、各国の「奪いえない権利」として核兵器不拡散条約(NPT、1970年発効)の第4条でもはっきり保証されている。しかし、同条約は1960年代半ばに作成されたもので、「平和利用」の中身は厳密に定義されなかった。当時は普通の原子炉での発電が中心的な課題で、核燃料サイクル、とくに再処理や濃縮技術がこの「権利」の中に含まれるかどうかは必ずしも明確ではなかった。ちなみに、現在、NPT加盟国であるイランが、同国内で行っているウラン濃縮活動は「平和利用」であり、NPT第4条で保証された権利の範囲内だと主張しているのはこのためだ。

しかるに、1974年のインドの最初の核実験を契機として、核兵器の原料となるプルトニウムを生む再処理技術や高濃縮ウラン(HEU)を生む濃縮技術は軍事転用の恐れがあるからという理由で、NPT加盟国であっても非核兵器国への輸出は原則禁止すべだということになった。そして、原子力先進国7か国(日本を含む)は急遽ロンドンで協議した結果、再処理、濃縮技術の非核兵器国への移転の原則禁止を軸とする輸出規制措置(ロンドン・ガイドライン)を合意した。

当初ロンドン・グループと呼ばれた原子力供給国グループ(NSG)はその後次第に参加国を増やし、現時点で42か国が加盟しているが、NSGはあくまでもNPTとは別個の存在で、同条約の規定の穴を埋め、機微な原子力技術の輸出規制により核拡散を防止するのが本来の目的である。

もっとも、NPTやNSGができる以前でも、米国を初めとする西側先進国(供給国)は、2国間原子力協定の形で、輸入国側の原子力平和利用活動に対する規制を行ってきた。とくに再処理、濃縮、第3国移転については個別の「事前同意」が必要とされ、輸入国(受領国)は勝手にそれらを行うことができない仕組みになっている。

特に米国は、カーター政権が登場した1977年以後、再処理、濃縮の原則禁止を含む厳しい原子力輸出政策を実施しており、それ以前に締結された旧原子力協定は米国の新政策に合致するように改正されなければならず、改正に応じない国との原子力協力関係を禁止することが国内法で決められている。

前記の韓米原子力協定は、まさにこの旧協定に該当するもので、韓国は、米国産の核物質(ウラン燃料)の再処理、濃縮は米国の事前承認がなければできないという明文の条項がある。だからこそ韓国は、この条項を改め、自由に再処理ができるような新協定を結びたいと、必死になっているわけだ。

その2に続く。全4回