薬剤師の子は薬剤師になれない

井上 晃宏

教育の投資収益は、教育学における一大テーマであり、論文も成書もたくさんある。僕はそのうちの一部しか読んでいないが、先行研究に欠けている部分を見つけた。

世代交代だ。


親が教育費を「もつ」限り、教育の投資収益なんて問題にならない。子供が満足すれば、それでいいと割り切ることができる。

しかし、大半の家庭は、親の階層(クラス)を子供に引き継がせたいと思うものだ。それは積極的理由というより、親が業界事情を知っていて、子供に大きな失敗をさせないで済むという消極的理由によるものだと思う。

帳尻の合わない教育投資を行った場合、子供はともかく、孫の代で金がなくなる。世代交代できない。

何度も言及して恐縮だが、わかりやすい例が、薬剤師だ。現在の薬剤師が、子供を薬剤師にしようとすると、学費のみで、1000-2000万円が必要になる(国公立は350万円だが、定員は700名しかない)。

これだけの学費を、年収500万円以下しかない大半の薬剤師が捻出できるのだろうか。もちろん、不可能だ。共稼ぎをしても、一人進学させるだけで金が尽きる。それに加えて、自分が薬科大学に通っていた間の機会費用が、すでに、生涯賃金を6年分減らしている。

似たような問題が、大半の家庭で発生している。親が、子供に同程度の学歴を与えようとしても、家計の制約があって、できない。人々は、それを見越して、子供の数を減らすか、作らないという行動を採っている可能性がある。

教育費を支出する時は、きちんと投資収益を計算すべきだと思う。投資が回っていれば、子孫が教育費で苦労することはないし、子供の数を調節する必要もなくなる。

(追記) 家計に占める教育費の割合が小さければ、教育投資のリターンがマイナスでも、生活に影響は出ない。しかし、実際は、教育費の家計に占める割合は、大学進学時には所得の半分を超えるほどになり、子供が相続する遺産額を大きく減らしてしまう。また、低所得層ほど、教育費の家計負担割合が大きくなり(エンジェル係数)、出産行動に与える影響は大きい。
家計負担の現状と教育投資の水準

井上晃宏(医師、薬剤師)