軽減税率適用-「新聞」と「タクシー」どちらが公共意識が高いか?(2)

北村 隆司

新聞の公共性に関する研究会」と言う有識者研究会の提言について、私の考える問題点を指摘してみたい。

意見書には:
「日本の新聞は情報を正確かつ迅速に伝達し、多種多様な意見ないし評論の提供を行う衣食住につぐ必需品で、電気が切断された東日本大震災でも被災者は新聞に他に代えられない救いを感じた。」とあるが、
日本の新聞の記事が多様性に欠ける「横並び記事」が多いことはつとに有名であり、2020年度のオリンピック東京開催が決まった翌日に「新聞休刊日」だとして日本全国一斉にニュースを止めておきながら「ニュースの正確かつ迅速な伝達」等と良くも言えたものである。

東日本大震災の被災者や震災後直ちに現地に駆けつけた友人の話では、道路網がずたずたに寸断されガソリンが不足した被災地では、水、食料品、暖房用の燃料は必死に求めても「新聞が他に代えられない救いを感じた」等と言う話など聞いた事もなく、新聞よりラジオにニュースを頼り、携帯の復帰を待望したと聞く。


報道機関は沢山のヘリコプターを持ちながら、そのヘリを難民救済に転用する公徳心のある報道機関も皆無であった。

「インターネットの情報源の大半は新聞情報であり、これなくしてインターネットの情報のみを信ずるならば、情報摂取の偏りが生じるなど恐ろしい事態を生み出す」

と言う指摘にはある程度の合理性を認めるが、5万人以上の記者を抱えて横並び記事を書くより「通信社」の強化をした方が遙かに効率的で、経済的である。

「又、高い識字率と戸別配達販売網が諸外国より高い定期購読者を維持し、少数の全国紙と多数の地方紙の存在が日本の民主主義の水準を維持し発展させる要因となっている」とは歴史的事実に反する我田引水的な意見である。

何故なら世界統計を見れば直ぐに判る通り、識字率のトップ15位以内に入る国は、殆ど全て旧共産圏国家で国境を超え難い新聞はプロパガンダの流布には最も都合が良い事に目をつけたそれらの国では、高い識字率を利用して「共産党の機関紙」を党組織を使って戸別配達を行ない、全体主義の維持に役立ったのが新聞で、1989年にベルリンの壁を崩したのもTVであって、新聞ではなかった。

「日本の新聞は表現の自由の機能を発揮する中心的存在で、新聞はこれら表現の自由の保障が生み出している機能をことごとく備えている。」

と言う意見も事実に反する。「国境なき新聞記者団」など多くの国際評価機関が、記者クラブ制度など透明性を妨げる制度を槍玉に挙げて日本の新聞の自由度を20位以下の中位国にランクして来たが、今年は福島原発報道が「官製報道」を其の侭流している疑いが濃いとして韓国より低い53位にランクを下げた事実にどう反論するのか?

「少数の全国紙と多数の地方紙の存在が日本の民主主義の水準を維持し発展させる要因となっている」と言う指摘もあった。

これは、私に言わせれば根拠のない真っ赤な嘘で、この現象は新聞統制の目玉政策の「新聞統合、一県一紙制」の名残りであり、民主主義の維持とは無関係だけでなく、戦後に起きた全国紙の無軌道な拡販の行き過ぎが、中央や海外の情報網が貧弱な地方紙の代わりに取材する「通信社」を潰した悪しき制度である。

報道の自由と「権力からの独立」は不離一体の関係にあることは世界の常識だが、意見書は「日本の新聞は又、なるべく公権力の介入を排除しながら、その公的価値を認められ、多くの法的特例や安い郵送料など経済上の優遇措置も与えられて来た。」と公権力に遠慮した表現をする事自体「公権力による保護」を失いたくない気持ちの表れで、事実上報道の自由を放棄したに等しい。

「新聞経営に就いても、株式の譲渡制限をより厳しくする事が許され新聞社のアイデンティティーを維持し、さらに、税務上の扱いについても特別な扱いがなされている。」

と言う見解も「新聞経営の透明性」を無視する意見で、新聞協会会長が社長を務める読売新聞などは「有価証券報告書」すらない真っ暗闇経営の中で、国有地の超安価譲渡を受けるなど権力との癒着が酷すぎるのが実態である。

「これ等は、新聞が社会で特別に重要な役割を果たしている事実を証明しており、軽減税率適用の不可分の基盤をなしている」と言う意見書も 正しくは「これ等は、新聞と公権力の癒着を疑わせる事実を証明しており、軽減税率適用の前に国民の前に経営の透明化を示す義務がある」と書き換えるべきであろう。

「政府は新学習指導要領においては、国語や社会をはじめとする各教科で新聞を活用するなど、新聞の意義、効用を認めている。」と言う意見書の指摘に至っては、新聞が官製教育のお先棒を担いだ戦前の日本と全く変わらない。

ましてや「日本新聞協会が文部科学省の理解と後援を得て実施しているNIE(教育に新聞を)運動の推進にも注目させられる」等と公言する様では、新聞の文部科学省批判は全く期待できず、教育ファッショの到来すら心配になる。

「購読部数の減少が零細な新聞販売店の経営にも影響しており、その様な時、新聞に消費税率軽減が適用されないと日本の文化と民主政治の将来に期待がもてない事になる」と言う意見も理解不能である。

日本の文化は戸別配達が始めるはるか以前からあり両者が全く関係ないことは既に述べたが、日本の新聞が多大なコストをかけても戸配率を維持したいのであれば、自らの経営努力で行なうべきで、百歩譲って新聞に消費税率軽減を適用するなら、全ての経営資料を公開してからにすべきである。

「新聞への例外的優遇措置はあくまでも新聞読者への措置で、新聞社への経営支援を意図するものではない。」と言う意見書も何を言いたいのか全く不明で、コメントすら出来ない。

軽減税率の適用は一種の補助金であり、朝日の様に社員の平均年俸が1200万円を超え、国有地の超安値払い下げの恩恵もあり、含み益が1,300億円を超す賃貸用不動産を有しているうえに、約620億円を投資して大阪市に「中之島フェスティバルタワー」を建設中であったり、日経の新社屋の簿価は770億円、毎日と産経も不動産賃貸業を展開している裕福な新聞業界に血税を与えないと「報道の自由」が守れないと言う事は「報道の自由も金次第」と言いたいのであろうか?

新聞各社が活発に慈善、教育、博愛の事業に従事している事を知った上で、憲法第八十九条 の「公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」規定を無視して軽減税率適用と言う意見書を出した理由は「新聞の公共性に関する研究会」のメンバー全員が法律の専門家であるだけにメンバーの良心を疑いたくなる。

何故、これ程酷い意見書がでたのか? 

その答えは「新聞の公共性に関する研究会」と言う如何にも中立的に聞こえる研究会は、実際は新聞協会に雇われ、在京五社(朝日、読売、毎日、日経、産経)のオブザーバーに囲まれた「新聞による、新聞の為の、新聞の」マタハリ的研究会だと言う処にある。

「公共性」の反対の概念は簡単に定義できるが、公共性の定義は意外に難しい。

そこで反対色を使うとその違いが際立ち比較が容易なことを利用して、一般に贅沢品で公共性は低いと考えられているタクシーと現状の新聞を比較してみたい。

他の交通手段が終了した真夜中の緊急事態は勿論、昼間でも急病や親戚縁者の事故などでタクシーがどうしても必要になる事は誰にも起こる可能性があり、老齢化や過疎化の進んだ地方では、タクシー又はタクシー的なサービスの必要性は益々増大するなど、緊急性や必需性などでは、タクシーは代替手段が沢山ある新聞より公共性は高いと考えるべきであろう。

それでありながらタクシーに比べ、公権力の新聞業界の優遇振りは度が過ぎている。

先の拙稿で触れた、新聞記者が大臣に吐いた様な暴言をタクシーの運転手が顧客に向かって吐けば、タクシー業界の信用は一気に崩れ、該当運転手の罷免を含む厳しい処罰を受けるだけでなく、マスコミもタクシー業界を公共の利益に反するとして総攻撃するに違いない。

雲助運転手や神風運転が横行し世界でも最悪といわれた日本のタクシー業界が、公共性を問題にした世論に押されて改善を続け、今のような世界でもトップクラスに向上するには、業界と運転手の血の出るような努力があった。

それに比べ、現在の日本の新聞業界のレベルは神風、雲助の横行した時代のタクシー業界のレベルとほぼ同じと言って良いほど悲惨である。

そもそも新聞が中立の立場で客観的な事実しか報じないなどと主張すること自体が不可能で、人間しか書けない記事を新聞社が書いたと考える「文責在社主義」や主観の表現である解説や意見を中立だと強弁するのは反倫理的でさえある。

これも、明らかに「個」を優先し「公共」を無視したものである。

又、タクシー業界は不動産バブルの破裂で大きな痛手を負い、その後自力で這い上がったが、マスコミは国有地の払い下げで巨大な含み資産を持っている。

軽減税率を要求するマスコミは、高級を食む5万人もの記者を抱え、記者クラブでのんびりニュースの配布を待っているのに対し、タクシー業は猛暑や厳冬の最中に自腹で冷暖房費を払いながら路上で休憩し、一日20時間勤務を月間12回行なって年間所得が4-500万の生活を余儀なくされながら、新聞が過当競争をはやし立てた結果、減車による失業を迫られている。

タクシー業界には休車日はないが、新聞は顧客の利益と言う公共を無視して。新聞経営と言う「個」を優先して休刊日を設けている。

我々が会社,組織,地域等のなかで自己主張が強い人に対して「全体のことを考えてほしい」「みんなのことを考えて」と説得するのは自分ばかりでなく少しは「公共性」を考えろと意味だが、この意見書は自己主張が強い人(マスコミ)にもっと我侭を許せと言っているのと同じ強いもの勝ち推進論である。

以上のように、私は新聞に軽減税率を適用する事に反対だけでなく、新聞業界が現在受けている多くの特権を取り上げるべきだと言う考えである。

2013年9月20日
北村 隆司