半沢直樹をキャリアデザイン的に検証する --- 城 繁幸

アゴラ

TBSドラマ『半沢直樹』が社会現象と言えるほどの盛り上がりを見せました。

最終回の瞬間最高視聴率46.7%、全回の平均視聴率でも42.2%という平成ドラマ史上No1となる数字(共に関東地区)を叩き出したことからも、盛り上がりの凄さがうかがえます。

ただ、盛り上がった半面、色々な疑問を持った人も多いはず。

筆者自身、以下のような質問をちょくちょくされています。

「なぜこれほど盛り上がったのか?」

(ちなみにTBS今クールの主力ドラマは木曜日の『ぴんとこな』だった!)

「ああいうサラリーマンは許されるのか?」

「衝撃のエンディングにはどういう意味があるのか?」

ええ、もちろんこれらは人事の範疇なので、すべて人事的に解説可能です。


確かに作品としては純エンタメですが、半沢直樹を人事的に紐とけば、そこに現れるのは生々しいまでのリアルです。ファンはもちろんのこと、ドラマ未視聴という方も、そこから学べるものは大きいでしょう。

なぜ半沢直樹は支持されたのか

半沢の魅力については、既に色々な人によって語られ尽くされた感があります。

曰く、堺雅人や香川照之の熱演が凄い、いやむしろ黒崎検査官、浅野支店長、小木曽人事部長といった超個性的なバイプレイヤーががっちり固めているからだ、いやいや、福澤プロデューサーの演出こそ肝だetc……

そのどれにも同意しますが、本ドラマが社会現象とまでなった本当の理由は、全く別のところにあるというのが筆者の意見です。

では、それは何でしょう? それを解説する前に、もしこんな半沢直樹がいたらどういうドラマになっていたか想像してみてください。

・入社3年で辞める半沢直樹

・ヘッドハンターから提示された年俸を手に上司と年俸交渉しようとする半沢直樹

・出向させられそうになると東京管理職ユニオンに個人加入して団体交渉を要求する半沢直樹

・辞めて外資に転職した後に「いやなら辞めればいいじゃん」と達観する半沢直樹

全然おもしろくなさそうですね。というかドラマになってない。

そう、半沢直樹の本質とは、日本型雇用の特徴である閉じた組織の中で、個人が組織の理不尽と戦う姿にこそあるわけです。

筆者が常に説明しているように、日本型雇用というのは2、30代は生産性以下の給料に甘んじつつ、40代以降に出世によって報われるというシステムです。
社員は「イヤな上司がいようが転勤残業続きだろうがなかなか逃げ出せない」というデメリットを甘受しつつも、「40歳以降に出世して楽ちんできるし、65歳までばっちり雇用も保証されるかも」というバクチに人生を張っているようなものですね。

ところが、90年代後半から、どうやらほとんどの人にとって、このバクチは分が悪いものとなっています。特に採用数が例年の三倍近いバブル期入社者は悲惨で、ただでさえ減らされているポストの空きを巡って熾烈な椅子取り競争が行われています。筆者の感覚で言うと、半数以上は出世とは無縁なヒラ社員のまま定年を迎えることになりそうです。

とはいえ、今まで一社に特化して育てられた以上、そうやすやすとは転職できません。

やはり終身雇用を維持している他社も、中途でおじさんなんて採ってくれません。

35歳を過ぎて「このままこの会社に残ってもヤバいかも」と気付いても、多くの人は今さら逃げ場なんてないんですね。

そうはいっても会社は終身雇用を維持するため、様々な無理難題を吹っかけてきます。九州の事業所に空きが出たから転勤しろ、次は北海道に行け、もっと残業しろ有給使うな、そして最後は出向したまえお疲れさん……

現在40代後半のバブル世代、そしてアラフォーの団塊ジュニア世代にとって、こういう状況はけして人ごとではないでしょう。きっと誰だって一度くらい「いい加減にしろよ!」と叫びたいと思ったことはあるはずです。

そんな中、実際に社内で雄たけびを上げ、嫌な上司に倍返ししてくれる爽快なキャラがいたら、どう思うでしょうか?きっと手を叩いて応援するはず。

これが、筆者の考える半沢直樹の支持された理由ですね。

一言で言えば、出世や安定雇用といった夢だけが消え去り、長時間労働や全国転勤といったリアルだけが残った今の大企業の中で、それでも前を向いて戦い続ける姿が、多くの同世代の心の琴線に触れたのでしょう。

誰もが会社のために一生懸命に働けば、まあ100%満足とは言わないけれども幸せになれた時代、多くの人は島耕作の中に自分の分身を見たはずです。

でも、普通に働こうとすることすら、ともすれば難しい今の時代、多くの人は半沢直樹の中に自分の願望を見ているはず。
「ヒーローは常にその時代を背負っている」というのが筆者の持論です。筆者には、半沢直樹のブームが盛り上がる陰で、終身雇用の崩れ落ちる音が聞こえてくるような気がします。

※本作の成功のもう一つの要因としては、原作執筆時(2003年)とドラマ(2013年)の間に10年ほどのブランクがある点も大きい。この結果、当時40歳前だったバブル世代を描いたドラマが、結果的に現在の団塊ジュニアと被ることとなり、2大ボリュームゾーンを取り込める結果となったわけだ。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2013年9月25日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。