日本の電気自動車「エリーカ」が米国の「テスラ」にこれだけ差をつけられたワケ

北村 隆司

「この電気自動車は違う」と試乗した小泉首相が絶賛したスーパー・エコ・カー「Eliica(エリーカ)」は、時速370kmを出せる能力と8つの車輪を持つ独特のスタイルで、当時その動画を見た私も驚いた事を鮮明に覚えている。

清水浩慶應大学教授が率いた「Eliica」開発技術チームの考案したインホイールモーター(In-Wheel-Motor)と言う画期的な技術やスマートグリッドやスマートハウスなど、既存の電力網との系統連携も可能だと言う特徴や「今までの金融資本主義ベースのビジネスモデルは、一社が独占して利益を得ていてたが、当社はインホイールモーターを使ってビジネスをしたい人は、誰でも使って頂いて結構。特に環境分野では良いものは皆で共有しながら使うことが必要。」と言うオープンな企業理念にも好感を持てた。


2007年から数年以内での量産市販化を前提として開発されて来た筈の「エリーカ」の筈だが、それから10年経った現在、エリーカ」の製造販売元である株式会社シムドライブの実態は資本金9900万円の非上場企業で、ベネッセHDの持分法適用関連会社 に低迷したままである。

それに比べ、丁度同じ時期に発足した米国の電気自動車メーカーのTesla Motor(テスラモーター)は2010年には上場を果たし、日本のエリーカの様な独創性も無さそうなのに、現在では時価総額2兆円の企業に大躍進した。

何故、この様な大差がついてしまったのであろうか? 正直私には判らない。

日本のエリーカの産みの親である清水浩教授が静かに経営の一線から退いた様に、米国のTesla Motor(テスラモーター)でも発足当初は共同設立者の対立で訴訟問題に発展するなど揉め事を繰り返して来たが、この大成功を前にお家騒動も治まった。

テスラの立役者イーロン・マスクは12歳の時にBlastarと言う ビデオゲーム用のコンピューターコードを500ドルで売った根っからの起業家的な人物で、母国南アを離れ帰化した米国の大学では物理と経営を学んだ経歴の持ち主である。

彼の成功のきっかけとなったPayPalは彼の創業した企業のプログラムより将来性があると睨んで2000年に買収したConfinity社の持つプログラムであったが、間もなく企業名をPayPal に変えると同時にSNSを含む口コミ、所謂バイラル・マーケティング手法を駆使してたちまちの中にブランドネームを不動のものにし、2002年には1500億円で eBay に売却した。

11.7%の株を所有する筆頭株主であった彼は、ここで初めて大金を手に入れ、その後も、NASAのthe Space Shuttleの引退後の後継宇宙飛行企業のSpaceXを創立しNASAから1600億円の契約を獲得したり、太陽光事業会社であるSolarCity や超高速鉄道事業のHyperloopの企画を発表するなど、他人の度肝を抜く事業を次々と手がけている。

日本であれば妄想家として馬鹿にされそうな企画を次々に発表しながら、今年のフォーブスでは個人資産が9000億円と評価されるほどの成功も手にして来た。

順調に見えたテスラの発展も当然それなりの苦労はあった。

創業初期にパートナーと揉めて訴訟騒ぎになった事は先にも触れたが、その後も2008年の金融危機では手元資金に苦労し、8000万ドルの自己資金を投入して自身がCEOの地位に就くと共に、創業時からの幹部数名を含む約10%の従業員の解雇に追い込まれた事もある。

それでも同社は、これまでに31カ国の顧客に約2500台の高級スポーツカーを納入し、今後は3万ドル代のSUVなど量産型の車種の開発や、全米での電源グリッドの整備にも力を入れている。

それに加え、安定株主で提携相手でもあるメルセデスやトヨタのEV 車用のパワートレインの販売も始めた。

更に、2010年にはパナソニックと共同で電気自動車用の次世代バッテリーを開発し、テスラ・モーターズの最新型のバッテリーパックに、パナソニックのリチウム・イオン・バッテリーを採用する事も決定した。

財務の改善にも手をつけ、連邦政府から借り入れていた政策融資の全額4億5200ドルを予定返済期日を9年間前倒しにして全額返済してしまった位である。

いくら起業家の多いアメリカでも創業10年弱で時価総額が2兆円を超え、スズキ、マツダ、フィアットを上回る等は殆ど聞いた事もない。

今年の同社は、2万1000台の受注が既に確定しており、その営業粗利益が30%というのも驚異的である。
約3000名の従業員のアンケート結果では、65%の従業員が友人、知人に入社を勧めたい会社だと回答し、長所として高い生産性、イノベーテイブな社風と高賃金を挙げ、週末を問わず残業の永い厳しい労働環境を短所に挙げている。

又、トップを筆頭に社内政治が多い事と一日当たり10~12時間が普通の過労労働環境を短所に挙げる中堅幹部が多いと言う評判だ。

資料を読んだ限りでは遙かに先端的な「エリーカ」が、技術的には余り特徴があるとは思えないテスラにこれだけ引き離されたしまったの何故か?

「現場重視」「物作り志向」の強い日本が障害になっているのか?資料に発表されているほど「エリーカ」の技術的な特徴がないのか? 価格モデルに欠陥があるのか? 国家構造の差なのであろうか? 疑問は尽きない。

日本も一度このケースを分析して見る必要はないだろうか?

物作り産業の中心である自動車産業の起業で米国に勝てない日本で米国を圧倒している「起業」が、「起業塾」「起業セミナー」「起業の仕方」などのハウツー物であるのは皮肉である。

2013年9月24日
北村隆司