世界経済を動かす「ウォール街」。この名前を聞くと、マイケル・ダグラス演じるゴードン・ゲッコーを思い出します。1987年の第一作では、「日経平均(Nikkei Index)」という言葉が出てきます。日本のビジネスマンも登場し、日本経済がジャガーノートであるかに思われていた時代を彷彿とさせるものでした。
今日は皆さんに、「日本がもう一度儲かる国になる」、23年の時を経てゴードンが金融界にカムバックしたように、「Japan is back」だということをお話しするためにやってきました。
このスピーチには、ウォールストリート・ジャーナルをはじめ、首をかしげたアメリカのメディアが多かったようです。なぜなら、ゲッコーというのは「ウォール街」という映画で、インサイダー取引で検挙された犯罪者だからです。
彼のモデルになったのは、アイヴァン・ボウスキーという証券業者で、マイケル・ミルケンというドレクセル・バーナム・ランベールの債券トレーダーと組んでインサイダー取引をやったという容疑で、ニューヨーク州のジュリアーニ検事(のちの市長)に検挙され、アメリカ史上最大の証券スキャンダルになりました。
インサイダー取引というのは、関係者しか知らない情報をもとに取引して利益を得ることで、この事件ではミルケンがジャンク債(買収相手の資産を担保にした債券)を引き受けて企業買収の資金を提供し、それをボウスキーに教えてキックバックを得ていたとされました。買収のターゲットになった企業の株価は何倍にもなるので、その株を事前に買って、TOB(公開買い付け)がかかったあと売却して大もうけするのです。ミルケンの年収は当時、5億ドルといわれました。
ただ、この事件については賛否両論があり、ミルケンの開発したジャンク債が企業買収を容易にして、アメリカ経済を活性化させたと評価する意見もあります。安倍さんが「日本でもガンガン企業買収をやってほしい」という意見ならおもしろいのですが、話はこのあと日本食やらリチウム電池やらに飛んで、何をいいたいのかよくわかりません。
どうも安倍さんは証券取引所ではゲッコーが好まれていると思っていたようですが、彼らの反応は逆でした。ドレクセル事件で多くの証券取引所の関係者が刑事事件に巻き込まれ、インサイダー取引の規制がきびしくなりました。「ゲッコーが日本に来てほしい」という安倍さんの話は、悪い冗談か無知としか受け取れません。
でも日本には、ゲッコーのように企業買収を手がける業者がほとんどいません。このため、だめになった会社でも中高年のおじさんに高い給料を払っているうちにつぶれてしまう、というケースがよくあります。そんなことになるぐらいなら、ゲッコーのような業者を使って会社を売ったほうがいいのです。
その意味では、安倍さんの訳のわからないスピーチも、日本経済の大事な問題――資本市場の活性化――を指摘しようとしていたのかもしれません。でもインサイダー取引は犯罪ですから、よい子はまねしないでください。