ブランド豚で一国一城の主を目指す! --- 下里 康子

アゴラ

農業に無関心だった青年がつかんだビジネスチャンス

晴れた日には“相模富士”といって最も美しい姿の富士山が目にできる、神奈川県藤沢市。湘南というと海のイメージが強いが、神奈川県を代表する農業地帯の一部であり、養豚も盛んな土地柄でもある。この地で養豚業を営み、自らの姓にちなんだ「みやじ豚」という名のブランド豚を育てているのが、宮治勇輔氏だ。

「今うちには650頭、母豚は55頭います。日本の養豚農家の平均豚数は1300頭だから、零細農家でしかないんですけどね(笑)」

と言って、照れながら頭をかいた宮治氏。作業着姿が様になる彼だが、この仕事に就いてまだ2年半でしかない。それまではスーツに身を包んだサラリーマンだった。養豚農家の長男でありながら、家業にほとんど関心がなかったという。


そういう彼は、幼少期から『信長の野望』や『三国志』などの歴史上の英雄を主人公にしたゲームにはまり、気づけば吉川英治の小説『三国志』に手をつけ、高校時代はあらゆる歴史小説を読み漁った。その影響からか、慶應義塾大学総合政策学部に入ると、小さな野望が湧き出した。

「男と生まれたからには天下を取らねばならない。今の時代に一国一城の主とは何だ?」

このご時世、天下布武というわけにはいかない。となると……、頭の中に思い浮かんだのは企業経営者=社長だった。大学在学中の2000年前後は、ITバブルが華やかなりし頃で、宮治氏と年齢が近い起業家たちがもてはやされていた。彼らに対する憧れもあったのだろうか、宮治氏は起業家になるという確固たる目標を実現するために、ベンチャー企業を中心に就職活動を行ない、人材派遣会社大手、パソナに入社することになる。

宮治氏は「ガムシャラに働きましたねぇ」と当時を振り返る。スケジュールはこうだ。月曜から金曜は毎朝4~5時に起床。多忙の合間に、ビジネス書や新聞を読みあさり、将来の自分に思いを馳せながら、起業のための勉強を続けた。そして、これまでの人生でほとんど興味がなかった農業に関する本もここで初めて手に取った。読めば読むほど見えてきたのは、農業のステイタスの低さや、生産者と消費者との完全隔離という問題点だった。

「相場と規格が農産物の価格をコントロールし、どんなにいい物を作っても値段には反映されず、お客さんからの喜びの声も聞けず、届くのは卸会社からのクレーム。そんなので誰がやりたがるのかと思ったんです」

その一方で、かつての嬉しかった思い出もよぎった。大学2年生の時、共進会(藤沢市で開催される豚の肉質を競うコンテスト)に出品し、戻ってきた大量の豚肉の処理に困ったことがあり、友人を招いてバーベキューを開いたことがあった。

「友人から『こんなにうまい豚は食べたことがないよ』と褒められたんですよ。その時に初めてウチで育てている豚って、おいしかったんだと気付かされたんです」

起業家は、ある事柄に対して強い問題意識を持ち、その解決方法を探ろうとする。起業こそしていないものの、その種の思考パターンが身に付いていた宮治氏は、農業の抱える問題点をあぶり出してみたのだ。

「従来の農業は生産から出荷までで完結していた。でも流通に関与しマーケティングや営業、商品開発を行なうなど、生産から消費者の口に届くまでを農家が一貫プロデュースできる産業になれば、もっと魅力的になるのではないか。キツイ、汚い、カッコ悪いと言われる農業が、カッコよくて、感動があって、稼げる3K産業になる! そんなビジョンが思い描けた時に、『あっ、会社辞めて家に帰ろう』と思ったんです」

こうして4年3カ月のサラリーマン生活を終えた宮治氏は、父の養豚を継ぐ形で農業の世界へ。偶然にも同時期に弟の大輔氏も会社を退職し、兄がプロデュース、弟が生産現場という兄弟二人三脚体制で始動し、2006年9月に法人化を果たす。完全家族経営で、資本金は家族で出し合った560万円だった。

バーベキューを通じて口コミ効果を狙う

「みやじ豚」の最大の特徴は、父・昌義氏の代から続く飼育法、“腹飼い”だという。大概の豚舎では効率を重視して、大きさと数を揃えて檻に入れ飼育するが、ここは同じ母から産まれた兄弟だけで飼う。群れを成す豚は喧嘩して順位付けをするので、それがストレスになる。弱い豚はいじけてよく育たない。すでに順位の決まった兄弟なら余計な争いはせずに済むのである。

「養豚家がうちに来ると、『おめえんとこは空気飼ってるのか』とも言われるんです(笑)。普通は“密飼い”といってできるだけ押し込めて飼うんですが、うちは豚たちよりもスペースのほうが大きいので」

この飼い方が、臭みもなく柔らかいと評判の肉質に表れるのだという。また、大輔氏が外食産業出身ということもあり、豚舎の衛生面にも注意を払っている。徹底した清掃管理で、消臭機材に一切頼らず臭いを最低限に抑えているのだ。

それだけではない。消費者と向き合う場として、販売チャネル確保の手段として実践しているのが“バーベキューマーケティング”なのである。

知人や顧客にメールニュースで呼びかけ、ほぼ毎月、近所の観光農園などで「みやじ豚」を食すバーベキューを開催している。口コミで1回に約30人、多くて160人もの人が県内外から集まり、味を実感。購入へと直結し、さらに人伝いに飲食店への営業にも繋がるという。メール、口コミ、パーティー(バーベキュー)という、今どきの若者らしい戦略をとり、同時に自ら楽しみながら多くの人を巻き込んでいるのである。

ただ、現在「みやじ豚」としての販売はネットでの通信販売のみの取り扱いで、販売量はごくわずか。多くを農協に出荷しており、店頭に並ぶ際にブランド名は消えてしまう。

「だから、ゆくゆくは直販の比率を高めて、生産量の100%を『みやじ豚』ブランドで売っていきたいですね。現在、年商は4000万円なのですが、5年後は1億円を目指しています」

豚の出産は年2,2回で、1回に生まれてくるのは約10頭。今期の予想年間出荷豚数は約1000頭。そこで豚舎を1棟増築し、生産量を最大1500頭まで上げていくのも目標とのことだ。

加工と販売を手がけいつかはブランド銘柄へ

「ほかにも構想はいろいろあるんですけど……、まず生ハムを作りたいですね。ヨーロッパの生ハムは2年熟成ですが、日本では風土的に無理なので、冬季限定で半年熟成の簡易生ハムのようなものを手がけてみたいです。それには条件の揃う人材を常時雇用させないといけないから、ここが一番のネック。でも経営計画書の数字通りにいけば2~3年後はガツンと利益が出るはず。そうすれば従業員も雇えるんじゃないかなと思っています」

さらに東京にアンテナショップとしてレストランを開く夢もある。店のコンセプトは、湘南。近隣農家の農産物を使って、あまり知られていない湘南の農業をアピールし、地域の発展にも寄与していきたいという。農業をかっこよくて、感動があって、稼げる3K産業にしたければ、地域の活性化は欠かせないと感じているからだ。

「今、全国には、鹿児島黒豚やもち豚、東京エックスなど計255種類の銘柄豚がありますよね。そのうち5つ知っていればかなりのツウ。だから『みやじ豚』を、みんなが挙げる5本の指に入れたい。5本の指に入れば、もうトップブランドですからね」

一国一城の若き主の野望は、尽きることがなさそうだ。

下里 康子
農業ビジネス


編集部より:この記事は「農業ビジネス」さまの記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった農業ビジネスさまに感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は農業ビジネスをご覧ください。