経産省が経団連に賃上げ要請を行ない、財界はこれにこたえて春闘の「交渉指針」で会員企業に呼びかけることが決まったという。これは政府だけでなく財界も、資本主義というものを理解していないことを示している。
きょうのダイヤモンドオンラインで著者も指摘するように、雇用や賃上げは内需拡大の結果として生じるものであり、それを手段にして景気をよくすることはできない。賃上げを強要したら企業は赤字になり、雇用が失われるだけだ。経産省が賃上げ状況を「調査」して脅すらしいから、正社員の賃金は上がるだろうが、調査の対象にならない非正社員が切られるだろう。
本書は、このような標準的な経済学の考え方を解説したものだが、特に著者が強調するのは、雇用改革についての厚労省の歪んだ考え方だ。具体的には、次の3点である。
- 派遣労働などの規制緩和によって非正社員が増えたと考え、規制の再強化を求める。その結果、派遣労働の規制強化によってもっと不安定なパート・アルバイトが増えた。
- 非正社員の解雇を困難にして雇用を安定させようとする。5年を超えたら無期雇用にしろという労働契約法の改正は、大学の非常勤講師などが5年で雇い止めされる逆の結果を生んだ。
- その根本にある、正社員だけが正しい雇用形態だという思想。資本主義では雇用も解雇も企業の自由であり、それを制限することによって長期的関係を維持する正社員は特殊なシステムである。
このように失敗が繰り返される背景には、国家が国民のためを思って行なった規制には企業は従うべきだ、という厚労省の家父長主義がある。契約社員をジョブ型正社員にしろという意図で法律を改正したら、企業はそれに従うと官僚は本気で信じているのだ。
残念ながら日本は資本主義なので、政府が規制しても企業は雇用や賃金は増やさない。どうしてもそうさせたければ、「企業は社員をすべて正社員として雇用しなければならない」という法律をつくるしかない。そんなことをしたら、労働者の4割近くを占める非正社員のほとんどが失業するだろう。
要するに、非正社員の増加を止めるには、正社員の身分保証をやめて雇用コストを減らすしかないのだ。雇用は企業収益の従属変数であり、グローバル化で雇用コスト削減圧力が強まっていることが雇用悪化や「デフレ」の根本原因なので、結果を変えて原因を変えようとするのはリフレ派と同じ本末転倒である。
グローバル化の圧力は変えようがないので、雇用を改善しようと思ったら、本書もいうように雇用規制を撤廃し、労働者を雇いやすく解雇しやすい社会にするしかない。政府と財界が談合して法的根拠のない「空気」で雇用を改善しようとする日本には、明治以来150年以上たっても、資本主義も法の支配も根づいていないようだ。