EUの「Big Brother」計画 --- 長谷川 良

アゴラ

独週刊誌シュピーゲル電子版10月10日はブリュッセル発で、「イタリア最南端の島ランペドゥーザ島沖で3日、難民約500人が乗った船が火災を起こし沈没し、300人以上の犠牲を出した悲劇に対応するために欧州議会が監視システム(外部境界監視システム=EUROSUR)の導入を決定した」と報じた。具体的には、監視衛星や無人機などを導入し、海上に漂流する不法移住者の位置を迅速に掴むことだ。EUROSUR計画は今年12月、発効予定だ。


spiegel-asylantrag-jpg欧州諸国の2012年難民申請数(シュピーゲル誌から、欧州統計局のデータ、注・オランダのデータは2009年)

シュピーゲル誌記者は「地中海に漂流する不法移住者の動向は監視衛星や無人機など現代の通信技術を利用すれば容易に実現できるが、EUが導入するシステムは不法移住者の位置監視であって、救済はそのシステムには入っていない」と指摘している。

同誌は2011年5月の難民のケースを挙げて説明している。72人の移住者がリビア海岸から川船(はしけ)に乗ってランべドゥーザ島を目指していたが、暗礁に乗り上げた。救済を待っていたところ、一機のヘリコプターが飛んできた。当然のことだが、移住者はこれで救済されると期待したが、ヘリコプターは彼らの頭上を旋回し、わずかな水と菓子類を投下した後、去って行った。移住者は「きっと、直ぐに救援船が来るだろう」と考えたが、何日たっても救援船は来なかった。漂流していた移住者の位置からそう遠くないところに、北大西洋条約機構(NATO)の軍船ばかりか、スペインの巡洋艦やイタリアの船舶が航行していた。救援を待っていた移住者が乗る川船は15日後、沈没し、72人のうち63人が亡くなった。

EUROSURは公海監視強化計画であって、不法移住者の救援ではない。実際問題、救済した移住者をどの国が喜んで引き受けてくれるだろうか。その受け入れ先問題が明確に解決されない限り、救済活動はできない。シュピーゲル誌は「EUはBig Brothersシステムを導入」と皮肉に表現している。移住者の行動を安全な場所から見るだけで、助けないからだ。

問題は殺到する移住者をどのように収容するかが緊急課題だろうが、現時点でどの国も収容を申し出ていない。冷戦時代、“難民収容国”と呼ばれ、200万人以上の旧ソ連・東欧諸国の難民を収容したオーストリアも「わが国はイタリアより多くの難民を既に収容している」と指摘、新たに難民を受け入れる考えのないことを表明している。欧州の経済大国ドイツも同じだ。

北アフリカ・中東諸国から連日、欧州を目指す難民が殺到している。欧州も無制限に移住者を収容できないことは当然だ。だから、監視体制は確立できても、救援は難しいという事情がある。中・長期的には、難民を生み出す北アフリカ・中東諸国の国内政情の改善が不可欠となる。難民を生み出さない国家作りだ。時間はかかるが、それしか解決策がないだろう。

ここまで考えていくと、北アフリカやアフリカ諸国の独裁者や指導者に武器を売り、紛争を激化させているのは欧米の軍需産業や武器密輸業者だ、という苦い事実が浮かび上がる。彼らはアフリカ諸国の部族指導者や独裁者に武器を売り、利益を得ている。大量難民の殺到の責任は欧米諸国にもあることは明らかだ。

EUの欧州委員会のバローゾ委員長は9日、ランべドゥーザ島を視察し、イタリアに難民対策費として3000万ユーロを追加供与すると表明したが、島民や難民たちからバローゾ委員長に対し、「殺人者」「ショーに過ぎない」といった怒りの声が投げかけられた。 ブリュッセルのゲストにそのような罵声をかけることは好ましくないが、理由がまったくないわけではないのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年10月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。