公的年金に対する消費増税分の補填は必要か

小黒 一正

安倍首相は10月1日、2014年4月に実施予定の消費増税(税率5%→8%)の最終判断を行った。それと同時に公表された約5兆円の経済対策は、財務省の政治的妥協の産物であり、財政再建を遠のかせるもので批判も多い。

そのような中、財政を巡る次の政治的な焦点は、社会保障改革のプログラム法や改革の中身、2015年10月に実施予定の消費増税(税率8%→10%)の最終判断に移っていくことが見込まれる。

このうちの前者のプログラム法(正式名称は「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律案」)は、秋の臨時国会(2013年10月15日―12月6日)に提出される見込みであり、年金改革の方向性も国会で議論されるはずである。

そこで、以下では、社会保障・税一体改革との関係で、一見正しい対応に見えるものの、冷静に考察すると、議論を深める余地の大きい「公的年金に対する消費増税分の補填」について取り上げる。


「公的年金に対する消費増税分の補填」とは何か。それは、2014年・15年の消費増税(税率5%→10%)の増収分13.5兆円の使途(以下の図表を参照)のうち、「消費税率引き上げに伴う社会保障支出の増(0.8兆円)」の「年金、診療報酬などの物価上昇に伴う増」に対応する。

図表:消費増税分の使途

 
(出所)政府広報オンライン

かつてのコラムでも指摘したように、消費増税よって一時的に物価は上昇する。この物価上昇分、公的年金の給付額は実質的に目減りする可能性があり、上記「消費税率引き上げに伴う社会保障支出の増」はその一部を補填する対応と考えられる。

例えば、現在の年金給付(約50兆円)のうち、基礎年金の国庫負担は約10兆円である。この部分で消費増税分(税率5%→10%)の対応をする場合、約0.5兆円(=10兆円×5%)の補填を行う必要がある。しかし、冷静に考察すると、以下のような視点で、このような対応には疑問の余地が大きい。

まず、第1は、現役世代の賃金上昇率との関係である。消費増税で一時的に物価が上昇しても、それに連動して現役世代の賃金が上昇するとは限らない。にもかかわらず、引退世代が受け取る公的年金の給付額のみ、その物価上昇分を補填する必要性が本当にあるのだろうか。

そもそも、引退世代も含めた幅広い世代で社会保障の負担を行うことが消費増税の目的の一つであるはずだが、消費増税に連動して年金額の改定が行われれば、年金を受給する引退世代は実質的に増税の影響を受けず、理論的には現役世代が中心に負担する賃金税に近い増税となってしまい、現役世代と引退世代との間で公平性に関する疑義が生じる。

また、第2は、マクロ経済スライドとの関係である。2004年・年金改正前の年金額改定ルールは「物価スライド」方式に従っていたが、2004年・年金改正によって、物価・賃金の上昇率から少子化による労働人口の減少や平均寿命の延びを勘案した一定率(スライド調整率)を差し引くことで、年金額の伸びを調整する「マクロ経済スライド」方式に変更された。

例えば、物価上昇率(例:2%)がスライド調整率(例:0.9%)以上のケースでは、既裁定の年金額は1.1%の伸びに抑制される(注:厳密には、スライド調整率0.9%は2004年・年金改正時の当初想定であり、2009年・財政検証では2015年度で1.2%を想定)。また、例えば、物価上昇率(例:0.5%)がスライド調整率(例:0.9%)以下のケースでは、既裁定の年金額の伸びはゼロとなる。

このように、現行の年金改定は「マクロ経済スライド」方式に従っているにもかかわらず、その方式とは別の形式で、消費増税で一時的に発生する物価上昇分を補填する必要性があるのか、議論を深める必要がある。

2014年4月に実施予定の消費増税が決まり、今後はその増収分の使途にも注目が集まることは間違いない。このため、秋の臨時国会(2013年10月15日―12月6日)においては、上記の視点を含め、社会保障改革の議論が深まることを期待したい。

(法政大学経済学部准教授 小黒一正)