地中海が墓場になる! --- 長谷川 良

アゴラ

マルタのジョセフ・ムスカット首相は10月12日、イギリスのBBC放送とのインタビューの中で「欧州連合(EU)は空言を弄するだけだ。どれだけの難民がこれからも死ななければならないか。このままの状況では地中海は墓場になってしまう」と嘆いた。同首相の発言が決して大げさでないことは過去2週間余りの難民の犠牲を想起するだけで十分だろう。

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▲「地中海が墓場に」と報じるオーストリア日刊紙ザルツブルガー・ナハリヒテン紙


イタリア最南端の島ランペドゥーザ島沖で今月3日、難民545人がボートに乗り、波の荒い秋の海をリビアのミスラタ海岸からスタートし、約140キロ先のランべドゥーザ島を目指したが、途中乗った船が火災を起こし沈没し、360人が犠牲となった。救済された難民の数は155人という。

12日にはマルタとランべドゥーザ島の間の海上で難民が乗った船が沈没し、35人の難民が亡くなくなった。幸い、200人以上の難民は救済された。救済された難民がマルタの日刊紙のインタビューで「リビア海軍船がわれわれのボートを追跡し、ボートの船長に戻るように要求。その命令に従わなかったため、発砲を開始した。その結果、2人の難民が射殺された」と語っている。

すなわち、過去10日余りで約400人の難民が新天地の欧州を目指す途上、地中海で溺れ死んだことになる。マルタ首相の「地中海が墓場となった」という発言は悲しい現実を表現したものだ。

欧州議会のマーチン・シュルツ議長は「欧州はイタリアとマルタを支援すべきだ。そして難民を救済するだけではなく、収容すべきだ。欧州大陸はもともと移民の地だった。北アフリカ・中東から1万人の難民が殺到したとしても欧州は収容できる」と強調した。そして「ドイツは欧州で最も豊かな国だ。ドイツは難民問題でもっと貢献できるはずだ」と述べ、メルケル独首相に圧力をかけている。なお、イタリアのレッタ首相は今月24日、25日の両日開催されるEU首脳会談で難民問題の対応について加盟国に連帯を呼びかける予定という。

EUは北アフリカ・中東からの不法移住者の動向を迅速にキャッチするために監視システムの構築を決定。イタリア当局は海難に遭遇している難民ボートを救済するため海上警備を強化することを決定している。しかし、問題は救援した難民をどの国が収容するかだ。その点ではEU内で解決の見通しは立っていない。

ところで、オーストリアのザルツブルガー・ナハリヒテン紙のヘルムート・ミュラー記者は、昨年のノーベル平和賞はEUが受賞していたことを想起させてくれた。同記者は「EUの難民政策をみると、ノーベル平和賞の栄光に恥じる」と指摘し、「EUの難民政策は余りにも冷血で官僚主義的だ」と述べている。

当コラム欄で「欧米諸国は北アフリカやアフリカ諸国の独裁者や指導者に武器を売り、利益を得ている。紛争を激化させ、大量の難民を生み出している責任は欧米側にもある」と書いたが、ミューラー記者は「アフリカ西・東部の海岸で欧州の漁船は大量の魚を捕り、アフリカ人漁師の生活の糧を奪っている。それだけではない。豊富な補助金を受けた欧州の農家たちは、過剰生産された農産物をアフリカ諸国の市場で売っている。そのため、アフリカの小農家の生活を破壊している」というのだ。

今からでも遅くない。オスロのノーベル平和賞委員会はEUに対して「平和賞受賞に恥じない行動をとるように」と警告を発するべきではないか。改善が見られない場合、平和賞の返還要求も視野に入れるべきだ。ノーベル平和賞委員会は、賞を授与するだけではなく、平和賞の価値を維持するためにも受賞者(機関)に対しての後審査が不可欠だ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。