「子どもに夢を託すな。」リクナビNEXTのCMはなぜ気持ち悪いのか

常見 陽平


リクルートキャリアが運営する転職情報サイト、リクナビNEXT「子供に夢を託すな。」というCMを流している。Facebookで感動CMとして共有されていたので、期待して見たのだが、個人的には複雑な心境というか、率直に言葉を選ばず言うなら「気持ち悪い」と感じた次第だ。なぜ「気持ち悪い」と感じたのだろうか?自分の気持ちを整理しつつ、考察したい。


映像を見ていない人のために簡単に説明すると、このCMではバス停や、電車の中、オフィス街などに子供が現れ、「子供に夢を託すな。」という歌を歌う。歌詞の中身は、本当はやりたいことはあるだろとか、自分のことを考えろという内容だ。子供たちはビルの屋上に集まり、合唱する。その声が、働いている人たちの耳に届くというものだ。最後は「じぶんNEXTみつけよう」というメッセージと「転職はリクナビNEXT」というキャッチコピー、そしてリクルートグループのコーポレートメッセージである「まだ、ここにない、出会い。」と社名で終わる。

映像の独特の空気感、空虚そうな企業戦士たち(会社人間、社畜とも言う)、それに対して歌いかける子供。「子どもに夢を託すな。」という刺激的なコピーは、なるほど、たしかに日曜の夜に、『サザエさん』を見て「明日、会社嫌だな」と思うタイプの人には響くのだろう(余談だが、この昭和的世界観に満ち溢れたアニメは幼児の頃から嫌いで一刻も早く終わって欲しいと子供心に思っていたし、今もそう思っている)。

CMというのは、言うまでもなく1ヶ月に凄まじい本数が流れるわけで、よっぽど内容に特徴があるか、たくさんの本数を流さなければ印象に残らない。賛否両論を呼びそうなくらいがちょうどいいともいえる。ふりきったメッセージで勝負する姿勢自体は評価できる。

このCMでの趣旨はともかく、「子供に夢を託すな。」という言葉にはどちらかというと賛成だ。何でも若者に責任転嫁する社会、中途半端な成功者が中途半端に「君たちは世界で勝負するんだ」なんて、意識高く語りかける社会は私もごめんだ。

とはいえ、「気持ち悪い」と感じるのはなぜだろう。

CMのつくりに関して言うならば(意図したものなのだろうが)、この子供たちが何かこう、言わされている、やらされている感じがすることだろう。そこが逆に、このメッセージを尖らせているとも言えるのだけど。いかにも、「感動させてやる」という意図が見え見えで、私のように純朴で温厚な人間としてもひねた視点で見てしまう。

さらに、これまた意図的なのだろうけど、いちいち疲れた社会人が出てくるのも印象的である。新卒向けのリクナビでお世話になった人が、こうも疲れてしまうのかというのもまた気になるところだが。こんな人ばかりじゃ、ないだろ。

もちろん、CMなんてものはそんなものなのだけど。

そもそも、この「もっと素敵な居場所がある」幻想、「自分らしく働けるはず」幻想が日本人を苦しめているのではないか。自分探しが止まらなくなっているのではないか。

さらに言うならば、「リクルートの手のひらで転がされている感」に、生活者もとっくに気づいているのではないだろうか。

同社のコーポレートメッセージはここにまとまっている。

「リクルートブランドを一言で表現する2つのメッセージ」が存在することが分かる。以下、HPよりの抜粋である。

目指す世界観 FOLLOW YOUR HEART
直訳すれば、「あなたの心に従おう」。
物質的な豊かさが本当の豊かさではない。ひとりひとりが自分で自分の人生・スタイルを選ぶことが出来る世の中。十人十色、百人百色の自己実現が可能な世の中こそ、豊かな世の中であると、リクルートは考えています。自分の心に従って行動を起こすとき、リクルートはあなたを支える存在でありたいという思いを込めています。

果たす役割 まだ、ここにない、出会い。
世の中にはまだ見ぬ世界や可能性が満ち溢れている。このひとりひとりの可能性を信じて、新たな暮らしや人生にまつわるチャンス。豊かなそして楽しい時間、希望、人や仲間と出会うことをリクルートはお手伝いしていきたい。こんな気持ちを、このフレーズに込めました。
リクルートが世の中のために何ができるのかを言葉にしました。

なるほど、これも胸を打つメッセージではある。豊かな社会とは、多様性と可能性がある社会だと私もそう思っている(もっとも、その多様性と可能性は時に人をだますのだけど)。

ただ、私は同社に勤務していた頃から、ここにもまた気持ち悪さを感じていた。

意地悪に言うならば、クライアントと、リクルートのために、お前ら、動けと言っているのではないか、と。

もちろん、そんな歪んだ関係にならないように、バランスを取ろうとしていると信じているし、生活者もそこまでバカではないのだけど。人材ビジネス関係者、いや、マッチングビジネスに関わる人はこのバランスの取り方を常に意識してもらいたい。

このCMの気持ち悪さのポイントはここにもあるだろう。

まあ、リクルートに限らず、マッチングビジネスなんてそんなものなのだけど。だから、リクルートが悪いという話ではなく、求職者としては、実は彼らの手のひらの上で踊らされていないかと一歩立ち止まるべきだろう。

CMが投入された背景には、中途の転職市場が盛り上がっているということもあるだろう。事実、リクルートキャリア社も、同社の指標によってではあるが、転職求人倍率が改善していることを伝えている。実際、転職のチャンスではある。ここ数年で不本意入社をした若者たちから、行きたかった企業、より企業規模も待遇もよい企業に転職できたという報告をよく聞く。私のところにも、大昔に登録していた人材紹介会社からスカウトメールがガンガン届く。

こういう時期には、求人広告の効果を出さなければならない。だから、こんな風にCMを投下する。当たり前といえば、当たり前だけど。

転職しやすい時期ではあるが、転職は慎重に。自分探し難民になることや、買い叩かれるリスクは考慮しておくべきだろう。だいたい、この手のCMで感動して踊らされる人が危険なのだけど。

というわけで、気づけばリクルートを代表とする人材ビジネス企業の手のひらの上で踊っていないか、気をつけるべきだろう。

常見陽平
イースト・プレス
2013-10-10



こんな時代に警鐘を鳴らす意味もこめて、『普通に働け』という本を書いた。タイトル、そのまんまの内容だ。いま、私が日本のサラリーマンはもちろん、自分探し難民たちに伝えたいメッセージをすべて込めた。エステーの執行役宣伝部長鹿毛康司氏との対談も収録。解説は海老原嗣生氏だ。Amazonでは品切れだが、大型書店と楽天にはある。ぜひ手にとってほしい。

まあ、私の本も、ぜひ批判的に読んでほしい。

何にしろ、思考停止してしまって、真に受けてしまい、踊らされてしまう。これこそ、日本の転職難民、自分探し難民たちの特徴なのだから。