我々はなぜヘビ様の物体に驚くのか

アゴラ編集部

オモチャのゴム製のヘビに驚いた人は多いんじゃないかと思います。何かニョロニョロと細長いものがいきなり出てくるだけで、ほとんどの人はビックリして飛びすさります。これは別にヘビに似せていなくても、単なるヒモのようなものでも効果的。どうやら我々の情動反応には、柔らかくて細長い物体に極度に反応する「回路」のようなものが備わっているようです。


この反応が「先天的」なものか、それとも「後天的」なものか、あまりハッキリとわかっていませんでした。進化の過程のどこかで我々の遺伝子の中に細長いものに警戒する機能が埋め込まれたのか、それとも個々人が生まれ落ちてからヘビのような細長いものに気をつけなければならない体験や学習、教育があったのか、そのどちらかでしょう。

爬虫類好きの人も中にはいますが、実際ほとんどの人間はヘビを怖がります。人間の祖先は、サルのように森林で暮らしていました。サルにとって最も危険な天敵は、ヒョウなどの木登りの得意なネコ科の肉食獣か、ワシなどの大型猛禽類、そしてヘビ。今でもファッションにヒョウ柄や爬虫類柄が使われ、特に気になる柄なのも祖先の記憶が影響してるんでしょうか。

これについては、有名な実験があります。研究室で生まれ育ったアカゲザルは、一度もヘビを見たことがないのでヘビを怖がりません。つまり、アカゲザルについて言えば、ヘビを怖がるのは後天的な「回路」ということでしょうか。ことはそう簡単ではなさそうです。米国ウィスコンシン大学とノースウェスタン大学の研究者は、そうしたアカゲザル6頭に、野生のアカゲザルが実際にヘビを怖がっている様子を録画したビデオを見せました。そうすると、最初はヘビを怖がっていなかった6頭も、ビデオの中の野生サルと同じようにヘビを怖がるようになったそうです。

さらにこの実験では、同じビデオを画像編集し、ヘビを、それぞれ作り物のヘビ、ワニ、ウサギ、花と入れ替え、研究室育ちのアカゲザルたちに見せました。しかし、ビデオ内の野生のアカゲザルから学習して怖がるようになったのはヘビとワニだけで、ウサギや花を怖がることはなかったらしい。アカゲザルには、先天的にヘビやワニに対する反応があり、野生の仲間の反応でそれが目覚めたのかもしれません。

こうした危険を喚起するジャンルに、ウサギや花は入っていないのではないんでしょうか。特定の相手、つまりヘビに対する遺伝的な特定の回路があるのではなく、ヘビやワニ的な相手に対するあらかじめ備わった情動のおおざっぱなベースがあり、未体験のものにも怖がるという反応が呼び起こされるようにできているのかもしれません。

恐怖の情動が先天的かどうかについては、最近でも同じような実験が行われています。サルや人間の赤ちゃんに、ヘビを含んださまざまな生物の絵を見せたんだが、ヘビに対する反応が最も速かった、という京都大学霊長類研究所の実験です。ヘビを見たことのない3歳児20人と4歳児34人、そしてヘビを知っている大人20人それぞれに9枚の写真から1枚を選んでもらったそうです。

たとえば、花の写真8枚の中にヘビの写真1枚が混じったもの、ヘビの写真8枚の中に花の写真1枚が混じったものを見せ、それぞれのヘビと花の写真を選ぶ時間を計測した、というわけです。このほか、ヘビの代わりにクモやムカデ、細長いホース状の写真が混じったものでもやってみた。すると、ほかの写真では選ぶ時間に差がなかったのに、ヘビを選ぶ場合は幼児も大人もほんの少しだけ速かったんです。

つまり、ヘビを怖がるというよりヘビに対する反応が速いわけで、ヘビへの恐怖を学習したアカゲザルの実験を裏付けるものじゃないでしょうか。ニホンザルを使った実験でもヘビを見たことのないサルが、人間と同じようにヘビへの反応が速かったそうです。さらに、毒蛇のマムシと無害なシマヘビの違いの区別さえもできるらしい。

また、人間の場合、誰かが怖がっている顔をすると扁桃体が活発に働きます。ポーランドの社会科学人文大学の研究者によれば、これは無意識に働く機能で、危険信号を直感的に判断する回路だと考えられている。つまり、私たちの脳は、おおざっぱな情報と詳細な情報の両方を処理し、適切な反応を起こすようにできているというわけです。表題の論文も同じようにヘビの画像に反応する脳細胞がある、というもの。我々がヘビを怖がったり、細長くてニョロニョロしたものに驚くのは、この細胞が反応しているからかもしれません。

PNAS
Pulvinar neurons reveal neurobiological evidence of past selection for rapid detection of snakes


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