幽霊が街に現れる時 --- 長谷川 良

アゴラ

欧州のカトリック教国では11月1日は「万聖節」(Allerheiligen)」、2日は「死者の日」(Allerseelen)だ。1日を祝日とする国が多い。当方が住むオーストリアでも1日は祝日だから週末を入れ3日まで3連休となった。教会では死者を祭り、信者たちは花屋さんで花を買って、亡くなった親族の墓を参る。生きている人間が死んだ親族や友人と対話する日だ。墓地へ通じる電車は増発されるところもある。
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▲ウィーン市内の公共墓地(2013年11月1日、撮影)


ところで、韓国の聯合ニュース電子版(10月28日)を見ていると、興味深い記事を見つけた。韓国では昨年火葬率が74%だったという。20年前はその率はまだ18・4%だったというから、火葬が急増してきたわけだ。その理由として、高齢人口の増加と葬儀の簡易化が影響しているという。

火葬が増加してきたのは韓国だけではない。世界的な傾向だ。欧州では過去、土葬が中心だった。神が土から人間を創ったので、死後は再び土にかえるといった考えがその基本にあったからだ。その土葬文化も過去10年で大きく変わってきた。例えば、ドイツでは3分の2の遺族が公共墓地で埋葬するより、遺族の家庭で葬りたいと願っているという。ただし、埋葬権は連邦ではなく、州が責任を有している。そして州によって対応は少しずつ違う。

そのドイツで土葬件数が急減する一方、火葬が増えてきた。欧州では平均、約半分は火葬する、というデーターもあるほどだ。オーストリアの場合、約33%で、流れは上昇傾向だ。火葬した遺族の遺灰を骨壺に入れて埋葬する家族、死者の願いを受けて遺灰を森林に撒くというケースもある。自然に帰れ、といった風潮が強まってきたからだ。ただし、自分の庭に親族の遺骨を埋葬するためには一定の許可と条件をクリアしなければならない。法的には禁止されているが、ドナウ河などに遺体の灰を流すことを希望する家族もいる。いずれにしても、公共墓地に家族を埋葬するこれまでの葬儀文化はもはや時代に合致しなくなってきた。遠い将来、「墓場がなくなる日」が到来するかもしれない。 

人口が急増すれば、土葬する土地が限られてくる一方、衛生上、火葬のほうがいい、という声が強まってきている。その傾向を後押ししているのは埋葬文化における個人志向の増加だ。

音楽の都ウィーンには甲子園球場より広い中央墓地がある。そこには音楽家の墓があって、ベートーベン、シューベルト、ブラームスといった大作曲家の墓があって、多くの音楽ファンがそこを訪れる。その広大な墓地がなくなれば、その空間と土地を別の目的に利用できる。時代の変遷を受け、死者も落ち着いて眠ることができなくなってきた。いつ、「目を覚ませ」と叩き起こされるかもしれないのだ。

墓が亡くなれば、墓石業者、花屋さんの営業は厳しくなり、教会の葬儀も廃れる。それだけではない、墓場に屯していた幽霊たちも留まる場所を失う。難民となった幽霊が街に殺到する、といった現象が生じるかもしれない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年11月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。