NSAの盗聴なんか怖くない --- 長谷川 良

アゴラ

中傷や批判に対して怒る場合、その批判の内容が全く間違っているか、まったくその通りの時だろう。米国家安全保障局(NSA)の盗聴工作が発覚して現在、最も怒っている国はブラジルとドイツの両国だ。両国とも大統領と首相という政府最高指導者が盗聴されていたことが判明したから、怒らざるを得ない。ただし、NSAの情報の恩恵を受けているドイツはこのまま怒り続けると、米国との関係に決定的な亀裂が生じるのではないだろうか。


ところで、英紙ガーディアンによると、世界35カ国の指導者が盗聴されていたという。イタリアのメディアによると、その「盗聴被害指導者クラブ」にローマ法王フランシスコも入っていたという。米側は否定しているが、ドイツのメルケル首相の盗聴の時も否定していたから、米国の発言は余り信頼できない。一方、バチカン法王庁側はというと、静観というより、どうでもいいといった雰囲気がある。反体制派聖職者のバチカン批判の時は直ぐに反撃するのとは好対照的で、冷静だ。

それでは、バチカンはどうしてNSAの盗聴に怒らないのだろうか。明確な点は、バチカンの動向はNSAがわざわざ盗聴しなくてもいつでも外部に流出するからだ。盗聴自体は何も目新しいことではないのだ。

前法王べネディクト16世の時に発生したバチリークスを思い出してほしい。法王執務室からバチカン内部機密や文献が盗まれ、ジャーナリストの手に渡った、という不祥事だ。バチカン・ウォチャーは「バチカン高位聖職者の会合の内容が翌日の朝刊に報じられていることは珍しくない。その意味でNSAの盗聴といわれても、取り立てて騒ぐこともない」という。すなわち、バチカン関係者は盗聴なんか怖くないのだ。換言すれば、盗聴は日常茶飯事というわけだ。

冷戦時代、ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月~2005年4月)が選出されて以来、バチカンは旧東独の情報機関シュタージ(Stasi)によって監視され、盗聴されていた。「秘密の宝庫」と呼ばれるバチカンには世界の情報機関が集まってきたものだ。

イタリアの週刊誌パノラマによると、NSAはフランシスコ法王が選出される前、法王選出会(コンクラーベ)の時から南米出身の枢機卿をマークしてその会話などを盗聴していた疑いがあるという。フランシスコ法王が住むゲストハウスSanta Martaは簡単に盗聴できる。バチカンは主権国家だが、その通信網はイタリアのそれを利用している。

ただし、バチカンは、コンクラーベ期間中は枢機卿たちの会話が外部に流れるのを失せぐため妨害電波を流すなど、盗聴防止対策を取っていた。新しいローマ法王の誕生を目撃しようとバチカン市国のサンピエトロ広場に集まった市民や信者たちの携帯電話が一時,不通になったりした。原因は明らかだ。バチカンがシスティーナ礼拝堂で開かれているコンクラーベ内の枢機卿たちの会話が盗聴されないように妨害電波を流していたからだ(「バチカンが発信する『妨害電波』」2013年3月15日)。ちなみに、バチカンはハッカー攻撃を防ぐためイスラエルの盗聴防止技術を利用しているという(2012年3月、国際ハッカー集団「アノニマス」の攻撃を受けてバチカンの公式サイトが数時間停止したことがある)。

NSAがバチカンを盗聴する狙いについて、週刊誌パノラマは4点のカテゴリーを挙げている。ローマ法王を含む高位指導者の考え、金融世界への影響、バチカン外交の目標、そして「人権問題」について、NSAは情報を収集してきたというのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。