賞味期限の切れたゴーン社長はそろそろ「引退」の時期である

北村 隆司

日産自動車は、COO職を廃止し志賀COOが副会長に就任し、販売や生産などを担当する3人の副社長がゴーン社長に直接リポートする新体制を発表した。

それと同時に、2014年3月期の営業利益見通しを1200億円引き下げる事を発表し、日本の自動車業界で「一人負け」したことを白状した形となった。

これは、ゴーン社長が日産入り以来、ずっと従業員に求め続けてきた「コミットメント(目標必達)」の看板をを自ら下したと解釈できる。


言い換えると、日本化した普通の「ゴーン社長」は留任するが、「コストカッター」として辣腕を振るった本来のゴーン社長は日産を去った、と言う事だ。

そう言えば、この何とも解り難い人事は、経営困難に陥った当時の「日産」の人事を思い起こさせる。

当時の日産は、頭を下げて貯金を獲得する必要のない、特殊銀行「日本興業銀行」の支配下にあったため、プライドは高くとも実力が伴わない「内部志向」的企業であった。

幹部の人事は先ず「銀行」と「労働組合幹部」の了解を得ると言う「ボス交」「馴れ合い」体質は、販売をベースに生産体制を整えたトヨタやホンダの市場重視主義に対し、日産は生産をベースに販売を整えると言う「内部事情優先型」経営をとっていた。

この興銀式「殿様経営」の結果、在庫は山積みとなり、1991年から98年までの8年で7回もの赤字を計上し、負債総額は2兆1000億を上回る実質的倒産企業に身を落としてしまった。

自力再建を諦めた日産は、世界の主な自動車企業に救済話を持ちこんだが、期待していたダイムラークライスラーとの話はまとまらず、最終的にルノー傘下で救済を受けることになった。

こうして送り込まれたカルロス・ゴーンの腕前は、誠に切れ味の鋭いものであった。

先ず、メッセージが明快でやる事が速かった。然し、私が最も感心したのは、ゴーン社長の名を世に高めた「コストカッター」としての腕前ではなく、腐った日産の企業体質を短い間に変えたことである。

又、「技術の日産」と言う看板に溺れて、冴えない車の「スタイル」を一新するために、いすゞからデザイナーを役員として迎え、新しい「日産」イメージ作りを忘れなかった事も「さすが」と思わせた。

時代の流れは速い。10年前には新鮮であった「ゴーン式経営」も既に「賞味期限」が切れた古臭い物になってしまった。

今の日産は、昔の日産と同じ様にどの車種でも「マーケット」リーダーがなく、中位か下手すると下位をうろついている。その割りに、車種だけは多い。

気になるのは、日産トップに就任して14年、未だに後継者も見つからないようでは、今後も当分見つからないであろう。

その原因は、彼の経営スタイルが、一過性の外科手術を中心とした「職人的経営」である事にある。もっとも、この外科手術が成功したからこそ、日産は存続できたのであり、ゴーン社長の功績は偉大なものがある。

彼が辣腕を発揮した

①部品、資材購入の集中化、グローバル化。
②厳密な契約条件に従わない企業からは一切購入はしない
③サプライヤー数の半減
④技術開発や競争力のあるグローバルサプライヤーとのパートナーシップ
⑤基準・仕様の見直し

等々は、いずれも即効性のある「外科手術」で、そして更に大胆な「なた」を振るったのが、工場閉鎖である。

海外では当たり前の工場閉鎖も日本では難しかったに違いない。

実際に閉鎖された工場には、車両組み立て工場の村山工場,日産車体京都工場,愛知機械工場、パワートレイン工場の久里浜工場,九州エンジン工場の5つを含んでいた大規模な閉鎖であった。

ここでも、レバノン人らしいゴーン社長の人間操縦の巧みさが出ており「工場再開の場合は旧工場員を優先復帰させる」と約束したと聞く。

然し、これ等の手段は全て「ピンチ」を救う中継ぎ投手の役割で、永くは続かない。自分自身中継ぎと思っていなかった為か、後継者を養成しなかった事は経営者として最悪の部類で、これも旧日産の経営体質に先祖帰りしたのかも知れない。

今回の人事を見た日産の社員からすれば、巨額の金を親に送金してきたのに、外人ばかり優遇されることを知りモラルも低下したに違いない。

彼の年俸は日産から10億円、ルノーから2億円強の合計で12~13億円程度と聞くので、彼の名声から言えばやめたほうが年俸は増えるかも知れないが、ペンションやボーナス条件でやめにくい事情があるのかもしれない。

今のルノーと日産の惨めな成績を見れば。今やめる事は彼の名声と誇りを傷つける事は間違いない。

何せ、彼がCEOを兼ねる親会社のルノーの業績悪化は日産より遙かに前から始まり、それを日産の利益で誤魔化して来た事もあり、引退と言っても未だ50才ではそれも不自然だ。

辣腕ゴーンも所詮は体内に血の流れる人間。今回の人事には、来年にルノーCEOの任期が迫る事を考えた「自己防衛」人事の匂いもする。

悪い事は重なるもので、最新のコンシューマーレポートによると、日本車の中で日産の品質は最低レベルに評価されたと言う。

兎に角、ゴーン社長が、早めに再就職先を見つけることが、社員にも株主にもベストの策のように思える。

何か良縁を見つけて他社に移るのがベストだと思うが、何れにせよ、ゴーン社長には大変なこれからの1年である。

2013年11月5日
北村隆司