プロシクリカリティと政府の機能

森本 紀行

プロシクリカリティとは、下がると更に余計に下がり、上がると更に余計に上がるような事態をいう。市場原理というのは、価格が下がると、需要が増えて買いが入るから、価格は反転するという均衡回復力を前提にしたものだが、プロシクリカリティは不均衡の累積過程であるから、市場機能の不全を意味するわけである。従って、プロシクリカリティは、市場経済にとって、非常に悩ましいものとなる。


世界的にほぼ統一されている金融機関の資本規制の仕組みは、実は、資本市場における累積的かつ急激な価格崩壊をもたらす可能性を高めているのである。この金融規制が内包するプロシクリカリティは、金融の高度化の帰結であり、2008年の金融危機の重要な原因となった。

要は、金融商品価格の下落による評価損の発生は、それらを保有している金融機関の資本の控除項目になってしまうので、資本規制上保有できるリスク資産が減少して金融商品の売却が加速し、それが更なる価格下落につながるという累積的な連鎖を生じ得るのであり、事実、2008年には生じたのである。

これが悩ましいのは、高度に整備された資本規制の枠組み自体は、市場原理に立脚した金融秩序を維持する仕組みとして、合理的で優れたものといわざるを得ないからである。みんなが個別に正しく振舞うと、全体の帰結が必ずしも正しくなくなるというのは、実に悩ましいではないか。

金融だけではなく、実体経済においても、プロシクリカリティは大問題である。需要が減少し、売上げ減少すると、それに応じて、企業のほうは人員削減等のコスト削減を急激に進めて、短期的に収支均衡を図る。お金は天下の回りもの。コスト削減は、ぐるり巡って、需要の減少に跳ね返ってくる。

個社の行為としては、売上げ減少に応じた対応を速やかに行うことが正しく、株主への責任を中心に構成されている企業統治の思想からいえば、望ましい企業行動といえる。しかし、経済全体としては、需要の減少が更なる需要の減少を招くという、プロシクリカリティを現出してしまうのである。

しかも、ネットのキャッシュフローの受け取りが急速に減少する一方で、債務のサービスコストは、急には変わらないから、カバレッジが悪くなる。そうなれば、銀行等は、融資条件を厳しくせざるを得なくなり、信用の収縮が起こる。それが、さらに経済活動の縮小へ向けた圧力として働く。

しかも、2008年のように、金融商品価格の下落により、金融機関の与信能力が低下しているときには、信用の収縮は、より深刻にならざるを得ない。金融危機と経済危機が相互連動しながら、メルトダウン的に危機を深刻化させるという二重のプロシクリカリティが、極めて重大な問題になるわけである。

さて、この危機への対策であるが、政府の関与以外には、考えようがない。政府の機能とは、そういうものである。市場が機能するように、市場を整備し、市場が機能している限りは介入せず、機能不全のときだけ介入する。それが政府の機能である。