J・D・バンス副大統領の人物評が変わる「ヒルビリー・エレジー」

欧州に住んでいるとトランプ米大統領に対してだけではなく、バンス副大統領に対する人物評も批判的になりやすい。例えば、バンス氏は2月14日、ミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で欧州の価値観に鋭い批判を投げかけ、「欧州にとって脅威は、ロシアや中国ではない。(欧州の)内部だ」と指摘し、特に、「言論の自由」では、「移民問題で厳しい対応を求める右派政党を阻害し、その政治信条が拡散しないように防火壁を構築している」と糾弾したのだ。ドイツ国民はバンス氏のミュンヘンでの発言を忘れることができないから、バンス氏への人物評はどうしても辛くなる。

そのバンス氏が31歳の時に書いた自伝「Hillbilly Elegy」(William Collins出版)を読んでみた。ヒルビリーとは田舎者という意味だ。同氏が政治家になる前の話だ。バンス氏の幼少年時代は平均的な日本人には考えられない家庭環境であり、米国人にとってもやはり驚きを隠せない内容だったのだろう。同自伝はベストセラーとなり、映画化もされ、バンス氏の名前は米国でよく知られるようになった。自伝は、ラストベルト(錆びついた)の住人、バンス氏の少年時代から結婚までの日々が書き綴られている。

当方が感動したのはバンス氏と祖母との関係だ。バンス氏は学校に通いながら、生計のためにスーパーでアルバイトしていた。友達との遊びを止めてスーパーに仕事に出かけなければならない時間になった。バンス少年が渋っていた時、祖母は「週末、家族と共に過ごしたいと願うならば、勉強して大学に行き、ホワイトカラーとなることだ」と語ったという。

祖母は母親が麻薬中毒者であったこともあり、母親代わりにバンスを育てた。「優しいが、怒れば銃を持ち出して相手を威嚇した」という。一方、母親は薬の影響から息子のバンスを殺そうとしたので、外に逃げ出したこともあった。

母親がいろいろな男性と結婚したこともあって、「自分は何度も改名した」という。海兵隊を除隊してイェール大学に入学し、現在の夫人と知り合ったが、夫人の家庭は両親が仲が良く、喧嘩することもないと聞いた時、バンス氏は「そんな家族が存在するのか」と驚いたと述懐している。

また、バンス氏には一人の姉がいる。バンス氏は姉リンジーが好きだった。しかし、その姉は実姉ではなく、父親は別だったことを知ってショックを受けたという。

バンス氏の自伝について友人と話していると、友人は「両親が離婚し、母親が複数の男性と結婚したとか、麻薬中毒だったといったケースは米国では珍しくない。例えば、エミネムもバンス氏と同じような家庭環境から出てきた」というのだ。

エミネムは、米国のラッパー、ソングライターで90年代から2000年代のヒップホップ界のレジェンドの一人だ。両親が常に喧嘩、麻薬に溺れていた。そしてエミネム自身も両親と同じような道を歩みだし、奥さんとはよく喧嘩した。そのエミネムは後日、自身の娘に詫び、娘には自分が行けなかった大学に行くように支援し、娘が大学を卒業すると大歓迎。そして娘がいい男性と家庭をもって子供を産んだことを知って、「自分は祖父となった」と大喜びで語ったという。エミネムを知っている人物は「これでエミネムに取り憑いていた悪魔のサークルが破れた」と評したという。

バンス氏もエミネムも厳しい家庭環境に成長しながらも、自身の分野で実績を築いてきた米国人といえるかもしれない。

ちなみに、バンス氏をよく知っていた知人が独週刊誌シュピーゲルに「自分が知っていたバンスは同情心に溢れ、他者の理解がある人物だった。どうして過激的な発言をする人間になったしまったのか分からない」と語っていた。政治の世界に入ってバンス氏が変わったのか、それとも何らかの理由があったのだろうか。

将来の共和党の大統領候補とも見られ出したバンス氏(40)は政治家としては若い。まだまだ先のことだが、バンス氏が政界から引退し、第2の自伝を出版すれば、バンス氏という人間がどのように成長し、困難や試練を乗り越えていったかが理解できるかもしれない。いずれにしても、バンス氏の自伝を読んで、当方のバンス氏の人物評が少し変わってきたことを感じる。

ンス副大統領インスタグラムより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。