やはりインフレは起きない

小幡 績

日本の物価は上昇し始めた。

9月CPIは前年比プラス1.1%で08年10月以来の水準まで上昇し、日銀がターゲットとしているコアCPI(除く生鮮食品)も前年比プラス0.7%と、今年3月のマイナス0.5%からは明らかに転換している。

このまま行けば、インフレ目標2%が実現するということになるのだろうか。

いや、やはり、インフレは起きない。起きないのだ。


日本がインフレ傾向へ転換した一方、世界的にはデフレ化が進行している。

ユーロ圏の10月消費者物価指数(HICP)は前年比プラス0.7%と、リーマンショック直後以来の水準まで低下し、スウェーデンの10月消費者物価指数(CPI)は前年比マイナス0.1%と、予想されたプラス0.2%を大きく下回り、再びマイナス圏に入った。

欧州大陸だけでなく、景気回復が鮮明なアングロサクソン圏の英国、米国もインフレ率が鈍化している。

英国の10月CPIは前年比プラス2.2%と、予想のプラス2.5%を大きく下回り、コアCPI(除くエネルギー・食品・アルコール・たばこ)は前年比プラス1.7%まで鈍化し、2009年9月以来約4年ぶりの水準まで低下した。

米国は、9月個人消費支出(PCE)デフレーターは前年比プラス0.9%まで鈍化し、リーマンショック直後以来の水準となった(厳密には今年4月も同水準)。

これをどう考えるべきか。

やはり日本は異質なのか。これまでは、日本だけがデフレで、世界的に異常な現象が起きていた。異次元の金融緩和以降は、日本だけがインフレ傾向を強め、ほかの国はデフレ化するようになった。日本と世界は逆相関の関係にあるのか。日本だけが流行に後れているのか。リフレ政策を取るのが遅れたため、周回遅れで欧米を追っているのだろうか。

いや、そうではなく、逆であって、課題先進国の日本の後を世界が追いかけているのか。欧米もジャパナイゼーションが進み、デフレ化しているのか。そして、日本は、1980年代に先にバブルが起き、それを解決し、後のリーマンショック(あるいはそれの背景である金融バブル)への対応策のお手本となったように、先にデフレの問題を起こし、それを先に解決したと言えるのだろうか。

この逆相関仮説、あるいは周回遅れ仮説、または逆に課題先進国仮説、これらは、天動説だ。すなわち、単純なことを複雑化しているだけだ。

実際に起きていることはもっと単純なことで、世界はデフレ化しており、日本も欧米も同じ新しい世界経済構造に直面しているというだけのことなのだ。

だから、インフレは今後世界の成熟国では起きない。新興国と成熟国は異なる。成熟国で起きていることは、覇権の移行だ。あるいは、コンバージェンスが起きているといってもいい。

世界経済が一体化し、成熟国と新興国の二重構造が解消し、同じレベルに近づいている。その過程で、新興国は成熟国に近づくから、経済水準が低いのだから、追いつくために急成長し、成熟国は物価水準および賃金水準が高すぎるのだから、伸びが鈍化するか、あるいは低下し、新興国の急上昇とともに、水準のコンバージェンスに貢献しているだけのことだ。

何の不思議もない。

世界経済の裁定取引が、やっと本格的に始まっただけのことだ。

だから、成熟国、欧米、日本では、インフレが起きることはないのだ。