韓国の防空識別圏拡大を危惧する --- Hisashi Sakai

アゴラ

フランシス・フクヤマの名著『歴史の終わり』によると、自由主義・民主主義が社会の最終到達点であり、そこに至った国家においては戦争やクーデターなどは生じないという。裏を返せば、自由主義や民主主義を勝ち得ていない国家においては未だに戦争やクーデターの可能性があることを示唆している。

中国に触発された韓国が防空識別圏を拡大するという。その範囲は今まで韓国が維持してきた境界線よりも中国側および日本側に拡大するものだ。尖閣諸島や竹島の問題からくすぶり始めてきた東シナ海の情勢がいよいよきな臭くなってきたように思う。


日本が自由で民主的かの判定は専門家に委ねるとして、少なくとも隣国二国はフクヤマの定義する自由主義・民主主義国家のレベルに遥かに劣後していることは明らかだろう。そのような二国が深く関与する海域を巡って有事が発生しないという保証はどこにもない。最早日本は韓国の反日熱が鎮静化するのを座して待つというのんびりとした姿勢ではいられないかも知れない。

中国では、ひとつの王朝は300年繁栄すると言われている。神話時代や夏、商は除くとして、周、漢、唐、宋、明、清の各王朝はそれぞれ200年から300年続いた。もっとも、周は中原地方全土を掌握したわけではなかったし北方勢力に押されて東周から西周へと版図を縮小した。漢は間に新をはさんで前漢と後漢に分かれるし、宋も周と同じく北方民族に押されて、その歴史は北宋と南宋のふたつの時代に区分される。しかし、国家の規模や体制が変遷したにせよ、ひとつの王朝が200年から300年続いた歴史的事実は変わらない。

これら王朝のうち漢と唐については、漢に対しては秦、唐に対しては隋と、一旦混乱する中原を鎮めただけで短命に終わる王朝が先行し、その後を引き継ぐ形で長期王朝が成立している。この歴史に準えれば、今日の中華人民共和国に対しては国民党の中華民国が先行しており、それをもって中華人民共和国は300年続くのではないか、というのが中国人の歴史観である。

そう考えれば、中華人民共和国は建国以来64年目であり、まだ若い。これから大いに権勢を振るう時期に差し掛かると考えられなくもない。あるいは、周や宋のように外部からの圧力により版図を縮小せざるを得ない状況に追い込まれるかも知れない。

一方、韓国はというと、地政学的な条件からその歴史は常に受身だった。近代以前は有史以来ずっと中国の冊封を受けてきた。また、北辺は契丹や女直、女真などの北方民族に常に侵され、特に元代には国土を大いに荒らされると同時に、元の日本侵攻の足がかりとして利用された。さらには、秀吉の朝鮮出兵もあった。

恨五百年に象徴されるように、自らの不遇を遥か過去にまでさかのぼって嘆く原因は、常に外部からの圧力に翻弄され続けてきたことによって醸成された歴史観によるところかも知れない(ただし、確か呉善花氏が書いていたと思うが韓国の「恨」とは、日本人の感覚で言う「恨み」ほど過激で陰惨な意味合いではないようだが)。現在でも慶州を中心とする韓国東部の人々と扶余を中心とする南西部の人々は仲が悪いが、その原因は遥か新羅と百済の対立に端を発するという。五百年どころの話ではないわけだ。それは、会津がいまだに薩摩にわだかまりを抱くことの比ではない。いまから三十年ほど前に起こった光州事件にもこのような地域間の感情的対立が底流にあったのではないか。

韓国人が10人集まれば10の政党ができると言われるように、韓国人はまとまりがないことで有名である。日本の観光ガイドも韓国からのツアー客の統率に難渋しているらしい。

韓国が、自国を取り巻く大きな歴史の転換点を見過ごし凄惨な内紛に終始したことは、山田高明氏のブログに克明に描かれている。日本人は自国の外交下手を自嘲するが、韓国の国家運営の方が遥かに愚かで稚拙だ。まるで、歴史に対する受身の姿勢と内輪もめが民族のDNAに組み込まれてしまっているかのようだ。なおここで断らなければならないが、韓国という国家が問題を抱えているのであり韓国人が劣っていると言っているわけではない。

さて今日の朴槿恵の国家運営を見ると、まったく過去に韓国が歩んだ悪癖を準えているかのようである。韓国にとっての最大の国家事業は北との統一ではないのか。経済的繁栄を追求することも、ある意味ではそれを実現するための手段であるはずである。

ところが、最近の韓国の動きは、その国家事業実現に向けた深謀遠慮の戦略の一環とは到底考えられない。朴政権の中国への歩み寄りと反日も近視眼的な政策のように思える。本来北に向けるべき目を無駄に西や南に向けているのが今日の韓国の政策だ。

おそらくアメリカが容認しないだろうが、韓国海軍はイージス艦を6隻増備する予定だという。これは明らかに竹島を巡って日本を牽制することが目的だ。そして今回の中国へ対抗するような防空識別圏の拡大の宣言である。韓国政府の行動は、日中を核にくすぶり始めた火種を団扇で仰ぐようなものである。あるいは渦中の栗を自ら拾いに来たといったほうが適切か。

韓国としては、混乱に乗じて姑息にも自国の権益を拡大しようと目論んだのだろうが、これはあまりにも拙速な判断ではあるまいか。韓国としては静観して事態の推移を見守ることの方が賢明であったように思う。好戦的な国家を北に抱えながら更に中国や日本との間で政治的課題を抱えてしまった。

朝鮮戦争終結以来、アメリカは一貫して日韓との軍事同盟を堅持し、韓国そして日本を楯にして中露の膨張を抑制してきた。それに対し、韓国の防衛識別圏の拡大宣言は日米韓の軍事同盟におけるアメリカのガバナンス力が低下してきたことを世界にアピールしたようなものである。これでは中国の思う壺だ。

韓国の暴走によりアメリカは東アジアにおける防衛戦略を見直すかも知れない。すなわち一部中国の膨張を黙認し日本や韓国を見捨て、韓国、日本本土、沖縄、台湾、フィリピンで構成される防衛ラインを解き一歩太平洋側に退く可能性もある。一方、関心が東シナ海に集まっている間隙を狙って北朝鮮が南侵する可能性もあるだろう。そうならば、まさに字義のごとく朝鮮半島が東アジアのバルカン半島と化すことになるかも知れない。

サラエボを訪問したオーストリア皇太子に向けて暴徒が放ったたった一発の銃弾が、ビスマルクが構築した繊細な軍事ネットワークをあたか巨大なガラス細工が壊れるように一瞬にして瓦解させ、第一次世界大戦を誘引した。また、チトー大統領が薄氷を踏むように統制していたユーゴスラビアが大統領の死を契機に誰と誰が敵か味方かもわからないほどの混乱に陥ったことは記憶に新しい。私は今回の韓国の防衛識別圏の拡大という行動がその類の契機になることを危惧する。

歴史が終わると考えるのは過信ではないだろうか。

Hisashi Sakai