人口増加経済では誤解を招かない指標でも、人口減少経済では誤解を招く指標が多い。その一つが「経済成長率」である。
経済成長率といっても「名目」の値でなく、「実質」の値での指標である。名目の年収が3倍で物価が1.5倍になるとき、購入可能な財・サービスの量は2倍になり、「豊かさ」は2倍になる。
だが、名目の年収が3倍になっても物価が3倍になってしまったら、購入可能な財・サービスの量は同じであり、「豊かさ」に変化はない。このため、「実質」の値である「実質経済成長率」が、本当の豊かさの伸びとなる。
では、実質経済成長率が低迷し、いわゆる「低成長」に陥った場合、それで「再分配の原資ゼロ」と決めつけることは妥当な判断であろうか。結論を先に述べると、そう決めつけるのは間違いである。以下、順に説明しよう。
まず、「再分配の原資」に関する議論を行うとき、そもそも「再分配の原資とは何か」についての定義が重要となる。通常のメディア等の議論では、「再分配の原資=経済成長で拡大したパイの部分」(以下「定義1」という)を無意識に想定しているケースが多いと考えられる。
「定義1」は例えば、現在の実質GDPが500で、それが5%の経済成長で525に増加するとき、拡大したパイの部分に相当する25(=525-500)が再分配の原資という見方である。だが、これは本当に正しい見方であろうか。
この見方が正しい場合、経済成長がマイナスに陥ってしまうと、再分配の原資はゼロになってしまう。だが、経済成長がマイナスでも、一人当たりの経済成長がプラスのケースはあり得る。例えば、現在の実質GDPが500、人口が5であるとき、経済成長がマイナス4%で、人口が4になったとする。
このとき、現在の一人当たり実質GDPは100、その後の一人当たり実質GDPは120(=500×(1-0.04)÷4)であり、一人当たり実質GDPは20%も増加している。このため、一人当たり実質GDPの増分に相当する20(=120-100)に人口4を掛け、80を「再分配の原資」と定義することも可能である。
すなわち、「再分配の原資=一人当たりの経済成長で拡大したパイの合計」(以下「定義2」という)と修正すると、経済成長がマイナスでも再分配の原資が存在するケースが出てくる。
他方、「定義2」では再分配の原資がゼロの場合でも、「定義1」では再分配の原資が存在するケースもある。例えば、現在の実質GDPが500、人口が5であるとき、経済成長が8%で、人口が6になったとする。
このケースは経済成長がプラスの事例であるが、このとき、現在の一人当たり実質GDPは100、その後の一人当たり実質GDPは90(=500×(1+0.08)÷6)であり、一人当たり実質GDPは10%も減少している。
このため、「定義2」では再分配の原資はゼロとなるが、「定義1」では、拡大したパイに相当する40(=500×0.08)が再分配の原資となる。標準的な経済学では「生活水準」は「一人当たり実質GDP」が表すから、定義1が正しい見方とすると、生活水準が低下(一人当たり実質GDPが減少)するケースでも再分配の原資があると判断するのは矛盾であり、「定義2」が正しい見方となる。
そして、「定義2」(再分配の原資=一人当たりの経済成長で拡大したパイの合計)の場合、再分配の原資は一人当たりの経済成長(例:一人当たり実質GDP成長率)がプラスである限り、再分配の原資は存在する。
その際、以下の図表(OECD諸国の一人当たり実質GDP成長率をヒストグラムにしたもの)の通り、一人当たり実質GDP成長率がマイナスの値をとる確率もあるものの、一人当たり実質GDP成長率の「中央値」や「平均値」は「プラスの領域に位置する」という視点も重要である。つまり、低成長(実質GDP成長率が低迷)でも基本的に再分配の原資が存在する確率(一人当たり実質GDP成長率>0)も高いのである。
(法政大学経済学部准教授 小黒一正)