反中反韓感情が反米感情と結合すれば袋小路

土居 丈朗

日本と中国、韓国との関係改善は五里霧中である。中韓両国内の情勢はともかく、日本国内においても、反中、反韓感情が国民の間でかつてない程高まっている。この現象は、単なる好き嫌いの次元にとどまらない。

私は、外交問題の専門家ではない。しかし、私の専門である財政の分野でも、防衛費のあり方を通じて、この現象は無視できないものとなっている。政府債務が累増し厳しい予算制約に直面している中で、緊張が高まる安全保障環境を踏まえ、防衛費をどう支出するかが重要な課題である。

特に中国や北朝鮮を意識すれば、厳しい財政状況を理由に防衛費を抑制するとはけしからん、という意見は、2013年度よりも2014年度の予算編成時の方が確実に強まった、と財政の研究者として感じる。事実、2014年度政府予算案での防衛関係費は4兆8848億円と2年連続増加し、当初予算ベースでは第1次安倍内閣時(2007年度)の4兆8016億円を上回った。依然として増加し続ける中国の国防費を見ると、我が国の防衛費は今後どうなるか。高橋是清の最期を想起するのは大袈裟だが、高齢化に伴う社会保障費の増大だけにとどまらず、ナショナリズムの高揚によって防衛費も増加圧力がさらに強まるのだろうか。


ナショナリズムを頭ごなしに悪いと言いたいわけではない。グローバル化が進めば、ナショナリズムが高揚してくるのはある程度避けられない。国境によって守られてきたものが、グローバル化によって壊され、自らのアイデンティティを意識すればナショナリズムに転化する。今年開催されるサッカー・ワールドカップでも、日ごろ国境を越えて他国でプレーしている選手が母国を代表して試合に挑む。彼らを母国民が熱烈に応援する。

ナショナリズムが外国に対する競争心をくすぐり、国際的に経済活動で切磋琢磨するのはよい。しかし、これが国際的な軍拡競争に転じては、少なくとも我が国の財政は持たない。もちろん、軍拡競争という様相はまだないから、杞憂かもしれない(そうであって欲しい)。吉田茂以来の伝統として、そして安倍首相の祖父である岸信介が引き継いだのも日米基軸路線だったし、昨年12月に第2次安倍内閣で閣議決定された「国家安全保障戦略」新たな「防衛計画の大綱」(略して防衛大綱)と「中期防衛力整備計画(2014~18年度)」(略して中期防)でもこの路線を踏襲している。新たな防衛大綱と中期防では、「日米同盟の強化」が濃厚に打ち出されている。ちなみに、防衛大綱と中期防は、来年度予算編成に反映される意味で、財政面でも重要な意味を持つ。

この新たな防衛大綱と中期防を見る限り、今のところ、防衛費が際限なく増大する懸念は杞憂といえる。しかし、国民の間で反中そして反韓感情が今後さらに高まった場合(そうなって欲しくないが)、将来どうなるか。

反中・反韓感情が高まっても、親米感情が支配的であれば、日米基軸路線は堅持でき、これまた前述の懸念は杞憂だろう。しかし、現に反中・反韓感情を抱く国民の多くが、親米感情を持っているとは限らない。ということから、反中・反韓感情がナショナリズムに火を付け、さらには反米感情と結合した場合、どうなるだろうか。

反米感情は、目下、様々な形で見え隠れする。例えば、俗に言う新自由主義批判(もちろん、これは誤解に基づくものだし、アメリカが国ぐるみで新自由主義であろうはずはない)。新自由主義的な政策によって、日本でも格差が拡大し、それはまるでアメリカの現状と符合する、という主張は、真偽は別として、現に存在する。日本はアメリカみたいになりたくない、という声は、不遇な非正規労働者や低所得者だけでなく、(共産党を支持しない)インテリの医師たちにまでも広がっている。

さらに、TPP反対の主張も、反米感情と紙一重である。TPP反対の主張のすべてが反米感情からきているわけでないことは承知しているが、TPP反対の根拠に、しばしばアメリカ流の市場開放や金融資本による支配に対する懸念が挙げられる。

そう考えれば、反中・反韓感情が反米感情と結合しない保証はない。もし反中・反韓感情が反米感情と結合し、それが世論で多数となった場合どうなるか。外務省や防衛省の高官は欲していなくても、世論に押されて、これまでとってきた日米基軸路線、ひいては日米同盟を前提とした対中国の安保政策は転換を迫られる。対北朝鮮でも、米韓との協力は望めなくなる。そうなれば、当然、日米防衛協力も弱まり、自衛のために防衛費をもっと増やせという話になろう(もちろん、反米親中路線なら、対中安全保障の必要性が弱まって防衛費は抑えられるが、現時点で反米親中路線への転換は容易に想像できない)。こうしたことは、少なくとも我が国の財政事情からすれば持続不可能である。

反中・反韓かつ反米という発想では、日本は国際的に孤立無援状態に陥り、まさに袋小路である。だからこそ、そうならないようにすべきだというのは、冷静に考えられる現時点なら、まだ多くの人に理解してもらえるかもしれない。しかし、TPPでアメリカから譲歩を迫られそれをある程度受け入れることにした場合、その局面でもなお反米感情が安全保障面にも影響しない形で高揚してこないようにできるだろうか。池田信夫氏も日米同盟としてのTPPで述べたような発想を、その局面でも持てるだろうか。

TPPは、現時点でどのように妥結するか予断を許さない。だから、TPP妥結が直ちに反米感情を高揚させるとはいえない。また、本稿ではTPPの是非を論じるのが目的でなく、反中・反韓感情と反米感情の関連を論じるのが目的である。だから、TPPはあくまでも例示にすぎない。

とはいえ、様々な形で見え隠れする反米感情が、現時点では結合していないものの反中・反韓感情の性質からして、杞憂とは言い切れない危うさを持つことを、気にせずにはいられない。

土居丈朗
@takero_doi