『明日ママ』の問題は演出の「あざとさ」にある --- 増沢 隆太

アゴラ

日本テレビ系ドラマ『明日ママがいない』への強い批判から、すべてのスポンサーがCM降板に発展する一方、逆に作品への干渉と過剰規制への批判がナインティナイン岡村さんなどから出ています。さらにはファミリーマート発売のフォアグラ添ハンバーグ弁当が「フォアグラが残酷」批判を受け、発売中止になるなど、クレームとその対応が混迷しているようです。


私がカウンセリングの勉強をするきっかけとなったのは企業のクレーム対応(お客様相談ともいいますが)を経験してからです。当然の如くクレームにも真っ当なものから、単なる言いがかり、ゆするたかりの類までさまざまあります。この見極めこそが事業者の責任であり矜持だと思うのです。これが出来ないなら事業をしない、クリエイターを名乗るべきでないと思います。

こういった話の伝聞は不正確なことが多いのであくまでニュースをベースにしますが、岡村さんは「(視聴者が)ちょっと気に食わないと、また(番組が)中止になって」と言ったと書かれています。この指摘は間違いです。『明日ママ』は「気にくわないから中止しろ」というクレームではなく、取り上げ方がセンセーショナルすぎ、はっきりいえば脚本と脚本監修があざと過ぎて、視聴率狙いの犠牲となった被害者側からの苦言が原因と思います。児童福祉施設や養子などデリケートな問題を扱ったことへの批判ではありません。監修の野島さんといえば、知的障害者を扱った「聖者の行進」のように、テンプレ的な障害者=聖人のようなチープな設定、近親相姦、教師と生徒の恋愛、名作タイトルのパクリといった、どぎついモチーフと、これでもかという話題作りによって、結果高視聴率ドラマ王になった方だと感じています。

これは一面で今のテレビの現実でもあります。視聴率がすべてであり、作品としての出来不出来と評価が一致しないことは、ビジネスにおいても同じです。仕事の意義や質より利益が優先されるのは、そうでなければ事業継続ができない世の中だからです。

今回の『明日ママ』への批判の本質は「芸術・創作活動への干渉」ではなく、視聴率稼ぎ、話題作りのためのどぎつすぎる過剰演出と、それによって傷つくモチーフとされた人々への配慮によるものといえるでしょう。さらにはこうした視聴率稼ぎの結果、テレビ局社員や売れっ子脚本家という超高年収の人々の金儲けに対し、デリケートな現場で苦労する人々という構図が、批判を強めたと考えます。

つまりこのドラマツルギーにおいて、場面としての福祉施設はともかく、ヒロインを貶めて貶めて、最後にハッピーエンドでめでたしめでたしという水戸黄門的伝統ドラマの手法が、関係者を傷つけていることが問題です。悪代官をいくら悪どく描いても、今の世に悪代官がいないので被害者が出ませんが、福祉施設で働く方やその関係者にしてみれば、自分たちのビジネスの道具としておもしろおかしい取り上げられ方に納得いかないのは当然です。本当のクリエイターであれば、「ポスト」や「ペット」のようなセンセーショナルな演出無しで、こうしたデリケートな事象を描いてこその名脚本、名作なのではないでしょうか。

つまり児童福祉施設も、あざといあだ名も使わずとも、このドラマは作ることが出来るのに、それでは話題性が乏しく視聴率が稼げない=商売が上手くいかないからやらないだけで、結局自分たちのビジネスを人の犠牲に基づいて進めようという姿勢が批判を呼んでいるといえます。

かたやファミリーマートのフォアグラはどうでしょう。これは逆に事業会社の姿勢が問題です。フォアグラが残酷かどうかは世界的論争であり、フォアグラを販売しているのはファミリーマートだけではありません。それにもかかわらず単なる反対運動のクレームに過剰反応した会社が発売を中止したという、正に岡村さんがいう「ちょっと気に食わないと、中止」はこちらです。

すくなくともフォアグラが合法的で、食品としても問題なく流通できるのであれば、単なる一クレームに対応すべきではありません。ファミリーマートへのクレームは、クジラ漁への外国批判と同じです。クジラ漁批判に強い抵抗感があるのは、「残酷」とか「かわいい動物」という情緒的、判断者のさじ加減ひとつでどうとでもとれることで、事業をつぶす傲慢さへの拒否感ともいえると思います。そんな批判で事業方針を変える会社というイメージのダメージは、発売中止に見合うのでしょうか。

「ドラマにおいて、絶対にその話題は使うな」であればただのクレーマー。「そんな視聴率稼ぎの演出は迷惑」は正当批判です。スポンサードにはそういった判断が含まれていると思います。「フォアグラは使うな」というのは勝手ですが、それに応える義務は企業には無いのです。しかしそれに流される会社は、サイレントマジョリティの逆、ほんの一部の「お客様の声」的なラウディ・マイノリティに左右される、矜持の無い会社だといえるでしょう。

増沢 隆太
東京工業大学大学院 特任教授
組織コンサルタント