原子力規制委員会は「設置許可」をやり直している

池田 信夫

原子力規制委員会は「再稼動の審査」をしているのではない。くわしいことは今夜の言論アリーナで議論するが、委員会に運転許可の権限がないことは田中委員長も明言している。では彼らは何をしているのだろうか。驚いたことに、彼らは設置許可の審査をすべての原発についてやり直しているのだ。


この規制の唯一の根拠は、原子炉等規制法43条の3の14の「発電用原子炉設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない」という規定だ。これは何のことかわかりにくいが、新しい原子炉だけでなく、既存の原子炉もつねに最新の技術基準に対応しないと適法な状態を維持できない。

これはバックフィットといって、なるべく最新の基準に合わせるように規制当局が勧告する規制方法だ。世界の普通の規制当局では、バックフィットは努力義務で、既存の設備で可能なかぎり行なうことになっているが、日本の規制委員会は不合格の場合は設置許可を取り消す。つまり廃炉にするのだ。

特に厄介なのは、耐震基準だ。ある原発が建てられたときは適法だったが、耐震設計指針が強化され、最新の基準を満たしていない場合は廃炉処分になる。わかりやすくいえば、建築基準法が改正されて耐震基準がきびしくなったとき、いま建っているすべての建物に新基準を義務づけ、おまけに建築確認の申請を出させて、それに合格しなかったら取り壊しを命じるようなものだ。

これは憲法第39条で禁じている法の遡及適用である。刑事事件では絶対禁止で、民法や行政法では例外もあるが、不利益な行政処分の遡及適用は財産権の侵害になるので禁じられている。設置したときは適法だった発電所を新しい耐震基準で違法にしたら、これから日本で発電所は建てられない。

さらに問題なのは、このような憲法違反の疑いもある重大な規制が、まったく法的根拠のない行政指導によって行なわれていることだ。澤昭裕氏によると、この設置許可の審査は「田中私案」という形で内部的に決められたようだが、これは委員会規則でも決まっていない個人的見解で、文書化もされていない。

新しい規制が決まったころは、民主党政権が「原発即ゼロ」にしようとしており、菅首相と枝野経産相が「バックフィットを義務づけて原発を廃炉にしろ」と要求していた。炉規制法ではバックフィットの規定(上の43-3-1)は曖昧に書かれているが、田中委員長は「経済性には配慮しない」と公言して、すべての原発に新基準を遡及適用したのだ。

これは明白な憲法違反であり、全国の原発の設置許可をこれから審査していたら、一つの原子炉に2年はかかる。いくら急いでも、50の原発の審査を終えるのに10年はかかるだろう。その間、毎日100億円近い燃料費が浪費され続け、日本経済には果てしないダメージになる。

この問題は、今夜の番組で東大の諸葛宗男氏にくわしく解説していただくほか、今夜8時から放送の文化放送の「田原総一郎オフレコ!」でも議論する予定だ。