ロビーイング2.0のすすめ(その2)

城所 岩生

2月10日付、日経新聞朝刊17面の「企業とルール ロビー活動 最新事情は?」に筆者のインタビュー記事が掲載された。(その1)のとおり、2012年初に米国ではネット市民の声が著作権強化法案を廃案に追いやった。その動きはヨーロッパにも飛び火したので、その模様を(その2)で紹介する予定だったが、インタビュー記事が掲載されたため、記事でも触れているクラウド・ファンディングを中心に米国の紹介を続ける。

最初に「おわび」から。(その1)で肝心のウィキペディアのブラックアウト・サイト画像の挿入がうまくいかなかった。このため、画像および画像の説明を含む節(「均衡を破ったネットユーザーの声」という見出しではじまる節)を以下に再掲する。

再掲はじまり————————————
均衡を破ったネットユーザーの声
今回「ハリウッド対シリコンバレー」の綱引きの均衡を破ったのが、ネット企業の呼びかけに応じたネット市民の抗議だった。下図のウィキペディアの黒塗りサイトには6千万人以上が訪れた。

白抜きの文字部分には以下の説明がある。

知の自由が奪われた世界を想像してみよう
われわれは人類史上最大の百科事典をつくるために10年以上にわたって、数百万時間も費やしてきた。合衆国議会は現在、自由でオープンなインターネットを致命的に脅かす法案を審議している。この事実を知ってもらうためにウィキペディアを24時間ブラックアウトする。詳細はこちらへ

あなたの選挙区の議員にコンタクトしよう
あなたの郵便番号 

郵便番号を入れる白抜きのボックスに自分の番号を入れると、選挙区の議員の名前が出てくるようにして、コンタクトしやすくしている。

こうした至れり尽くせりの仕組みも手伝ってか、3000本の抗議電話を受けた上院議員もいた(英ガーディアン紙)。抗議を受けて、それまで法案を支持していた議員が次々と支持を取り下げたため、ブラックアウト2日後の1月20日、両院とも法案の審議(下院)や採決(上院)の延期を発表した。

今回の両法案をめぐる攻防もネット企業が抗議運動の音頭を取った点では、きっかけはいつものカリフォルニアの南北戦争の再現だった。しかし、抗議運動に加わったネット市民が議員を動かして、両法案を棚上げにした帰結から見ると、「ハリウッド対ネット市民」の戦いだったともいえる。
————————————— 再掲おわり

攻めにも有効なロビーイング2.0
ロビーイング2.0はネットユーザーやネット企業に不利な著作権強化法案を阻止する「守り」に使われただけではない。自分達に有利な法案を通す「攻め」にも使われた。

SOPA, PIPAが廃案となった3ヶ月後の2012年4月、オバマ大統領は起業促進支援法(JOBS法:Jumpstart Our Business Startups Actの略)に署名した。JOBS法の第3編は「クラウド・ファンディング法」とよばれている。クラウドは雲(cloud)ではなく大衆 (crowd) で、ベンチャー企業が大衆から小口の資金調達を集めやすくする法律である。

全米各地の起業家やその支援者達の草の根活動がクラウド・ファンディング法の制定に貢献した。主導的な役割を果たしたマイアミ(フロリダ州)の起業家は、「現行法ではフェイスブックを通じて35人以上の投資家を募ると刑務所行きだ。バカげた話だ。これを改善する仕組みを考えよう」とよびかけた。

1929年の大恐慌後に制定された証券法は、投資家保護のために証券市場からの資金調達を厳しく規制している。証券取引委員会(SEC)から適格投資家の認定を受けた投資家以外の一般投資家35人以上から資金を調達することができない。起業のアイディアをソーシャルネットワークで公開し、投資家を募るにも50州すべての当局に登録しなければならない。こうした要件を満たすには大変なカネと手間がかかり、起業家の資金調達を困難にしていた。

サンフランシスコの雑誌編集者は、総額10000ドル未満、1人につき100ドル未満の小口の資金調達については、適用除外とする具体的な改正案をブログで呼びかけた。

上下両院での審議
「スモールビジネスを守り起業家精神を促進する会」とよばれる非営利団体(NPO)の会長が、フロリダの起業家を下院議員に引き合わせたため、クラウドファンドへの投資を合法化する4つの法案が下院に提案され、数回の公聴会を経て、2011年11月に可決された。

上院での審議は難航した。州の規制当局や消費者団体などが投資家保護の観点から合法化に反対したからである。2011年12月、女優のウーピー・ゴールドバーグさんは、フェイスブックでスタートアップ企業を適用除外とするオンライン請願に署名するようフォロワーに呼びかけた。

上院にはベクトルが正反対の2つの法案が提案された。オンライン資金調達促進法案と不正・情報非公開防止法案である。翌2012年は選挙の年。議会、政権とも経済を刺激する政策を実施したい。オバマ大統領は一般教書演説で、「スタートアップ・アメリカ運動」を提唱、以前からクラウド・ファンディング合法化を支持していると強調した。

上院の公聴会で証言した、ボストンの起業支援のプラットフォーム Wefunder.com の運営者は、オンライン資金調達促進法案を支持するオンライン請願のサイトを立ち上げ、2ヶ月間で2800名の署名を集めた。

支持者のこうした草の根活動が功を奏して、上院もオンライン資金調達促進法案実現に向けて動いた。2012年3月、その後、1本化された下院案に投資家保護の条項を加えた法案を可決。4月にオバマ大統領が署名して、JOBS法が成立した。

レガシー経済からイノベーション経済へ
JOBS法第3編のクラウド・ファンディング法を起草した、マイケル・ベネット上院議員(民主党)は、「レガシー経済をイノベーション経済に変える法律だ」とコメントした。

日経ビジネス誌 2014年1月20日号の特集「シリコンバレー4.0」は、起業がどれだけ活発かを表す「総合起業活動指数」を紹介している。英米の2大学が協力して、「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)」として毎年発表している指数である。2012年調査では、日本は対象となった68カ国・地域のうち最下位。

この指数は途上国が高くなる傾向がある。適当な就職先を見つけることが難しいため、自分でビジネスを始めざるを得ないケースが多いからである。24~25ページのグラフでは確かにアフリカと南米の国々が上位を占めているが、それにしても最下位は問題だ。既存の技術に依存するレガシー経済では途上国に追いつき、追い越されるのは時間の問題。米国のようにイノベーションで経済を牽引しないと未来は開けないからである。その米国も25位だが、先進国中トップである。岩盤規制によって、レガシー経済度が米国よりはるかに髙い日本にこそ、イノベーション経済への変革を促進するクラウド・ファンディング法が必要ではないか?

城所岩生