百田さん、そこまで言って委員会

池田 信夫

NHK経営委員の百田尚樹さんの暴言がいろいろ話題になっているが、あれは彼の地である。「私は右でも左でもない」というが、左右以前の単なる無知だ。東京の人はびっくりするかもしれないが、「たかじんのそこまで言って委員会」ではいつもあんな調子だった。


あの番組は、東京で見られない(それ以外のほとんどのエリアで見られる)のが強みだった。東京のキー局が見たら、とっくに自主規制していただろう。私の『電波利権』や慰安婦のような危ない話を取り上げてくれたが、いつも違和感があった。それは私が京都の出身だからかもしれない。

京都と大阪は、他の地方からはほとんど同じに見えると思うが、まったく違う。はっきりいって、京都人は大阪人がきらいだ。京都人が本音を語ることをきらうのに対して、大阪人は百田さんのように場所をわきまえないで露骨に本音を語る。しかも京都ではいまだに共産党が国会の議席を取るぐらい左翼が強いのに、大阪は右傾化して橋下市長や百田さんのような右翼が多数派だ。

かつては京都も大阪も、革新自治体だった。東京の自民党に対して、関西が共産党になるのは当然だった。しかし90年代以降、左翼が冷戦の枠組を守る保守になり、右翼が野党になった。自民党の中でも安倍首相のような極右は傍流で、憲法改正という党是は棚上げされた。左翼が保守で右翼が野党というねじれが生まれ、大阪は野党的右翼が東京に対するルサンチマンを発散する場になった。

しかし彼らは、決して本流にはなれない。それは彼らが「戦後レジーム」に対置する「明治レジーム」が、実は前者の陰画にすぎないからだ。彼らの理想化する明治国家は、当時としては立派なものだったが、プロイセンの独裁と儒教の家父長主義と日本の土俗宗教をつき混ぜた偽物国家だった。今からそれに戻ることはありえない。

だから彼らが回帰しようとしている明治国家は、実は存在しないのだ。それに比べれば今のアメリカの「属国」状態のほうが、それなりに一貫しているだけましかもしれない。どっちが正しいのかはよくわからないが、戦後70年近くたった日本が転換する方向が明治への回帰でないことだけは確かである。

自分で国家像を描けない右翼が、大日本帝国という既存のモデルを理想化するのは、明治維新が「王政復古」というフィクションで行なわれたのと同じだ。しかし本質的な問題は、今やそういう右翼/左翼という対立軸に意味がなくなったことなのだ。それを象徴しているのが、百田さんの陳腐な「チャンネル桜」的言説である。

他方、NHKは保守的左翼の牙城である。これも野党的右翼に劣らずたちが悪いので、こういう大阪的な本音が出てくるのはいいかもしれない。経営委員会なんて現場には何の影響力もない番組審議会みたいなものだが、今度の偽ベートーベン騒動の責任者を呼びつけて、ガンガンやってほしい。