憲法の解釈者とはだれなのか --- 江鳩 竜也

アゴラ

先週の衆議院予算員会にて、注目すべき発言が行われた。安倍総理が自らを憲法解釈の最終決定者であるともとれる発言で、与野党から様々意見が出されているのは報道の通りだ。

さて、ここで問題となるのは「いったい誰が憲法の解釈者なのか」というものである。


安倍総理の発言からは、2通りの意味で読み取ることも可能であろう。一つは、純粋に総理大臣とは憲法の解釈権まで持っているというもの。この趣旨では、与野党の批判は適切であり、「立憲主義の破壊者」とのそしりを受けても致し方がない。大方この意で受け止めていたり、そのニュアンスがあるという点で問題があると指摘しているところである。もう一つは、単純に行政組織の一般論として「行政府の長である内閣総理大臣が、その構成員の行政行為(今回で言えば、内閣法制局の憲法解釈)に最終的責任を負う」というものである。一部報道によれば、安倍総理はその様な趣旨で発言したものであったと、与党に説明しているようである。なるほど、そうであれば「立憲主義」の問題とはならないだろう。

そこで考えるべきは、「憲法の解釈者」とは誰なのか、ということなのである。

戦後の日本では、内閣法制局長官(行政官)がその任にあたっている。特に、本件でも問題となっている憲法9条については、内閣法制局長官の国会答弁が政府見解として示されてきた。戦後の日本では国会答弁において、“政府委員”制度というのがあった。国会質疑において、大臣だけでは説明できない専門的分野については担当行政官が“政府委員”という形で国会答弁を行っていた。しかし、政治改革の中で、“政治主導”の名の下、“政府委員”という制度は廃止された。その代わりに、導入されたのが副大臣であり、各省庁に政治家(国会議員)が多数介入することで、政治任用の行政府の長が国会質疑に応じるというものである。しかし、現実には上手くいかず“政府参考人”ということで国会答弁を行うことがある。現在の内閣法制局の答弁はこの“政府参考人”という立場である。たしかに、政治主導という意味で、行政官が国会答弁をするというのはよろしくない、というのは建前論では正論であると言える。

実際、菅内閣の時には、当時官房長官であった枝野幸雄氏が政府の憲法判断の担当者として国会答弁を行っていた。これには、自民党から手厳しい批判があったと記憶している。その時の批判の論理は「憲法の判断は一時的な政治家が行うのではなく、継続的に存在する内閣法制局が担うべきだ」との趣旨であったと記憶している(詳細な言い回しは忘れましたが)。民主党は、政治主導の延長線上に憲法解釈を捉えていた様に思える。

では、法制局とは一体なんなのか。法制局には3つの法制局がある。内閣法制局、衆議院法制局、参議院法制局である。内閣法制局は、行政府の法制局である。衆・参法制局は議会の法制局である。内閣法制局の特徴としては、各省庁から出る法案の審査を行う。それは「てにをは」から始まり、関連法令との整合性、そして憲法上問題がないか判断する。衆・参法制局は、各議員から出される議員立法の作成を補佐するのがその任務である。どの法制局の共通の特徴としては、法制局長の承認がなければ国会に提出されることがないということである。実に驚くべきことなのだが、日本の法律が作成されるには法制局長官(出される法案のルートによってどの法制局長官の承認を得る必要があるかは異なるが)の承認がなければ法律ができない慣習になっているのである。

そこで内閣法制局長官がなぜ憲法解釈を行っているのか、という問いなのだが上で説明したとおり、法案の提出過程において必ず法制局(今回の場合、政府の事が問題となるので内閣法制局長官)の憲法審査を通るからである。この法制局の憲法解釈が間違っていると、重大な人権侵害に直結する。だから、国会議員は内閣法制局長官に憲法解釈を問うのである。非常に合理的な判断であると思う。予断になるが、日本においても違憲判決が数件だされているのだが、その法案は内閣法制局ではなく衆・参法制局を通った議員立法が多いと言われており、「違憲判断を喰らわない」というのが内閣法制局の至上命題であると言える。

で、結局「憲法の解釈者はだれなのか」という問いに立ち戻ってみる。

行政組織的には内閣総理大臣にその責任があると言えるし、実務的な側面に目を移せば内閣法制局長官がその任にあたっていると言える。

予断になるのだが、この国の一つの不幸として、法案立案時に憲法上の問題があるか否かについて諮問する機関が憲法に定められていないからではないか。憲法改正を審議するならばその点に配慮を組み込んでもいいのかも知れない。憲法違反は裁判や選挙で是正すればいい、という意見がある。しかし、人権侵害が起きないようにするのが憲法の趣旨である。裁判や選挙で人権回復されるのに大変な時間的コストがかかり、被侵害者を傷つけつづけてしまうという事に、政治家は注意を払うべきだ。

江鳩 竜也(えばと たつや)
政治アナリスト