TPPで自動車産業保護にこだわるアメリカの謎 --- 岡本 裕明

アゴラ

TPP交渉で日米間で大きく揉めているのがアメリカの自動車関税と日本の農業。アメリカは日本車にかけている自動車関税について断固として譲歩する姿勢を見せません。日本側の自動車輸入関税はもう長らくゼロ。一方、アメリカは2.5%の関税がかかります。この関税についてアメリカはなぜか、「死守」しようとしています。


理由の背景は全米の自動車関係の団体が各方面から政治的に圧力をかけていることぐらいしか思いつきません。つまり、TPP交渉の役人の後ろにアメリカ議員がにらみを利かせている、ということでしょうか? まぁ、どこの世界にもある話です。特に自動車業界の政治圧力は強大ですので議員としても一定の「配慮」をせざるを得ないということでしょう。

では、本当にこの関税がなくなればアメリカの自動車産業はガタガタになるのか、といえばそうだ、という人はほとんどいないと思います。理由は日本はアメリカで自動車を売りたければアメリカで現地生産をする、というスタイルをアメリカの意向に沿って遥か昔に作り上げたからです。日本の車がバッシングされ、デトロイトで焼打ちにされたあの時代に日本の車をアメリカでどうやって売るのか、必死に考え、輸出の自主規制なる日本的な発想もありました。最後に行き着いたのはアメリカに工場を作り、(今はNAFTAがあるのでメキシコでもカナダでもOKです)そこで現地化して売ることでした。アメリカとしては国外からの直接投資、雇用創設、周辺産業の育成と活性化などメリットがてんこ盛りだったのです。

その日本車メーカーにとって北米市場はもっとも重要で美味しい市場でもありますが、多くのメーカーは現地化を進めています。ホンダは8割ぐらいが現地生産になっているのです。つまり、ここには2.5%の関税は発生せず、日本車メーカーは既にアメリカに現地化し、成熟しているともいえるのです。

アメリカが日本車メーカーに本当の脅威を持ち始めたのは1965年から70年ごろだろうと思います。このあたりから日本は世界の中で自動車生産の主要国の道を歩み始めます。当時はアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスに次ぐ規模でしたが、日本車はその生産をどんどん高め、70年代にはドイツを抜き、世界第二の自動車生産国にのし上がるのです。アメリカはそれでも日本がそんなに早く自動車を作れるはずがないと高をくくっていたのですが、あまりのスピードで産業が勃興することに焦りを見せた時は時すでに遅し、ということでした。

この歴史から考えればリメンバーパールハーバーではないですが、日本車に対する一定の嫌悪感は業界内に存在することは間違いありません。これが政治的壁となっているのではないでしょうか?

こんなアメリカの保護主義的思想に対して私はゲーム感覚という表現を使わざるを得ない気がします。アメリカ人がアメ車を選ばなくなる日が来るのか、といえばNOです。それは日本人にトヨタの車に乗らない日が来るのか、と聞くようなものです。あるいは韓国人に現代自動車に乗らずして何に乗るのかね、と聞くようなものとも言えます。

車を通じた愛国主義は極めて高いものです。それはすそ野の広い産業だからでありましょう。例えばここバンクーバーでは日本人はやけに日産の車に乗っている人が多いのですが、理由は日系の販売会社は日産しかなく、日本人が必死になって売っているからであります。

日本人に聞けばアメ車は性能的に劣る、と言います。そうかもしれません。私は10年間3台のフルサイズのアメ車を乗り続けました。事実アメ車は性能や細かい品質は劣るけれど日本車にないものを持っています。アメリカでアメ車に乗って高速道路を時速120キロぐらいで数百キロ突っ走るとなれば今でも私はアメ車を選ぶかもしれません。安定性や独特のソファのようなシートはまるで移動するリビングのようなものといったら言い過ぎかもしれません。

5リットルのエンジンのフォード「マスタング」のオプション装備版や改造版に今でも若者が熱狂するのはアメリカンスピリッツそのものなのです。あの車、カーブになるとちっとも走れなくなるのですが、直進だけさせるともの凄い、でもそんな車がアメリカ人は大好きなんです。

日本車とアメ車では開発コンセプトが違います。日本車はアメ車の力強さではなく、洗練と品質だろうと思います。だから成熟した市場であるアメリカにおいて今後モデル次第で日本車のシェアは上がるかもしれないが下がるかもしれないが成熟期にあると言えるのです。それは70年代から始まった長い闘争の中で築かれた二国間の歴史であり、この枠組みの中でアメリカ人の車への好みや期待がここから大きくぶれることはないということではないでしょうか? むしろアメリカの自動車産業とアメリカで販売する日本車メーカーが最も恐れなくてはいけないのはアメリカ市場に本格的に攻め入ろうとしているVWとベンツ、BMWのはずで全米自動車業界にとってTPPの自動車関税問題は本質的なイシューではないというのが私の思うところであります。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年2月26日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。