石炭火力は安全なの?

池田 信夫

東電などの電力会社が、石炭火力発電所の建設計画を発表しました。政府に原発を無理やり止められたまま、LNG(液化天然ガス)の発電所を増設してしのいできましたが、原発の停止が長期にわたりそうなので、石炭火力を増設するわけです。危険な原発をやめて安全な石炭にかえるのはいいことのようにみえますが、本当に石炭火力は安全なのでしょうか?

ちょうど今週、WHO(世界保健機関)は「全世界で大気汚染で約700万人が死んでいる」という報告を発表しました。これまでは300万人といわれていたのですが、最近とくに中国の大気汚染がひどくなって死亡推定人数が増えました。この1割ぐらいの原因が火力発電で、その半分以上が石炭火力です。

世界の多くの専門家が指摘するのは、石炭は最悪の燃料だということです。全米の石炭火力発電所は、毎年44トンの水銀、73トンのクロム、45トンの砒素を排出しています。これは数十万人分の致死量です。また石炭火力で毎年1億2000万トンのゴミが出ており、これは普通の生活ゴミの3倍です。

日本の石炭火力はクリーンだといわれますが、日本でも年間22トン以上の水銀が大気中に排出されており、そのうち1.3トンが石炭火力から出たものと考えられています。これは2000人分の致死量です。水銀は水に溶け、体内に蓄積するので「しきい値」がなく、少しずつでも吸入すると健康に影響が出ます。

他方、原発の出す「核のゴミ」は、日本で今まですべての発電所で出たものを合計しても1万7000トン。日本の石炭火力で1年間に出るゴミの1/300です。そこから出るプルトニウムの毒性は水銀の半分ぐらいですが、水に溶けず、体内に蓄積することもありません。「10万年後の安全を保証できない」などという人がいますが、水銀の毒性は永遠に続きます。放射性物質だけをきびしく規制しても、生活の安全性は高まりません。

おまけに石炭の採掘事故で、世界で毎年1万人以上が死んでいます。こういう死者を合計すると、石炭火力の死亡率(発電量あたり)は原子力の4000倍です。


ここには地球温暖化のリスクは含まれていません。これでどういう被害が出るかははっきりしませんが、国連の予測によると、大雨や洪水や干ばつなどの異常気象がふえ、海面が数十センチ上がると予想され、その被害は2100年に約1兆ドルといわれています。この被害をへらすには、二酸化炭素を出す石炭などの化石燃料の消費をへらすしかありません。

他方、原発で死んだ人の数は、チェルノブイリ事故を入れても過去50年間で60人。福島では、1人も死んでいません。もちろん今後、大きな事故が起こるかもしれませんが、その確率はわずかです。100%の確率で毎年数十万人が死んでいる石炭火力とは比較になりません。以前にもこども版で書いたように、リスクは確率的なできごとなので、石炭のリスクは原子力よりはるかに大きいのです。

しかし政府が原発を運転させてくれないので、電力会社が石炭火力をたてるのは正解です。福島でマイクロシーベルトの放射線に騒いでいる人々も、一つの石炭火力から数百人が死ぬ分量の水銀が出ることには文句をいわないので、電力会社としてはそのほうが楽です。石炭火力はコストも安いので、経営合理的です。

しかし地球の未来を考えると、大気汚染や気候変動をもたらす石炭火力をふやすのは、本当にいいことなのでしょうか。むしろゴミの分量が石炭の1/1万で、すべて閉じ込めることのできる原子力のほうがましなのではないでしょうか。よい子のみなさんは、長い人生のリスクとメリットをよく考えてエネルギーをえらんでほしいものです。