「第3の矢」はなぜ進まないのか

池田 信夫

きのうアゴラ読書塾で、田原総一朗さんと安倍政権の歴史認識について対談した。その前半は、あす夜8時から言論アリーナで放送するが、後半のオフレコの話がおもしろかった。


具体的な名前は伏せるが、安倍政権の「第3の矢」は完全に行き詰まっているという。その原因は、首相が霞ヶ関になめられているからだ。原発再稼動が進まないことに党内はいらだっているが、首相が動かないのでどうにもならない。だから他の改革が動かないのだ。こういう効果を経済学でシグナリングと呼ぶ。


いま就職試験で、hとlの2人が「私こそ御社に最適だ」と自己申告しているとしよう。これはコストのかからないcheap talkなので、面接官にはどっちが本当のことをいっているのかわからないが、彼らの学歴で能力を判断できる。

C(h)はhの教育を受けるコストで、C(l)はlのコスト、W0は大学教育S*で得られる賃金とする。lにとっては大学で勉強して卒業するコストC'(l)がW0より高いので、高卒で就職することが合理的だが、hにとってはC'(h)<W0なので、大学を卒業することが合理的だ。

したがって面接官は学歴を見れば、彼らの卒業するコストを知ることができ、大卒のhを採用する。つまり大学生は学歴によって、自分の教育・訓練のコストが低い(能力が高い)ことを間接的にシグナルしているのだ。

規制改革も同じだ。首相がやるなといっていた薬事法の改正も通り、派遣を3年でクビにする労働者派遣法の改正も通ってしまった。財政赤字にも社会保障にも手をつけないで、バラマキ公共事業を日銀に財政ファイナンスさせている。アベノミクスの実態は、旧態依然の自民党である。

官僚はこういうシグナルを見ている。日米構造協議のときは「コンニャクを見ろ」といわれた。中曽根首相(当時)の地元のコンニャク芋の数百%の関税に手をつけるかどうかで、首相が本気かどうかがわかるからだ(結果的には本気ではないことがシグナルされた)。

安倍首相のトラックレコードは、彼の改革実行のコストが高い(党内基盤が弱い)ことをシグナルしている。その最たるものが原発だ。閣議決定も必要ない再稼動さえできない首相が、膨大な法改正の必要な特区なんかできるはずがない。だから自治労も特区を認めない。連合の支援を受けた舛添知事も、組合のいいなりだから都庁の中では評判がいい。

これが日本の変化を阻む岩盤である。安倍氏がいくら「私はドリルになる」といっても、コストのかからないおしゃべりはcheap talkにすぎない。原発こそ日本の政治を動かすシグナルである。