「非正規雇用」、「非正規社員」という言葉を聞いてどういうことを連想するだろうか。不安定、低賃金、先が見えない、そういったネガティブなイメージが一般的ではないだろうか。
景気が良いときにはさほど話題にならないが、景気が悪くなったときに特に非正規雇用の問題は顕在化する。正規社員の雇用の尊重を基本原則とする日本の長期雇用システムにおいて、景気の後退や経済変動に際しての雇用調整は、残業を抑制したり、中途及び新規の採用の縮減・停止、非正規社員の雇い止めなどの手段が用いられるからである。
日本には、正規社員=終身雇用、非正規社員=雇用の調整弁(バッファー)という図式があり、正規社員と非正規社員の雇用保障には格差がある。
以前の日本は成文法による解雇規制はなく、民法627条第1項に、期間の定めのない雇用契約について「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」(解雇及び退職の自由の原則)と規定されていたため、正規社員であろうと解雇は容易に行われていた。しかし、その後判例が積み重なり、解雇を規制する解雇権濫用法理(現在では労働契約法16条に規定がある)が発達していき、正規社員(期間の定めのない労働契約)の雇用は保障された。
一方、非正規社員(期間の定めのある労働契約)は原則として、期間の満了によって労働契約が終了する。短期の労働契約は、臨時的な労働需要に対応するための使用者サイドからの要請と、様々な事情からそういった働き方を望む労働者サイドの利害が一致しているかのようにみえる。
しかし実際には、臨時的業務ばかりではなく、恒常的な業務も多く、期間の満了によって契約を終了するという雇用調整の容易さから使われている面がある。有期の労働契約は期間の満了によって終了するのだが、契約を反復更新することも多く、使用者による更新拒否を雇止めという。
一定の場合に雇止めには解雇権濫用法理が類推適用されてきたが(現在では労働契約法19条に規定がある)、その雇用保障の度合いは正規社員ほど強くはなく、人員整理時に正規社員の雇用保障のために非正規社員が切られてしまうことが多々ある。景気後退時には採用も抑制されるので、非正規社員という職歴での再就職は難しくなるだろう。
バブル崩壊後、日本経済は低迷の一途を辿り、失われた20年と言われる低成長の下、労働者の働き方、雇用環境は大きく変化した。1995年に日経連(今の経団連)は「新時代の『日本的経営』」を打ち出し、労働者を「長期蓄積能力活用型グループ」、「高度専門能力活用型グループ」、「雇用柔軟型グループ」の3つに分類し、雇用の流動化を進め、総人件費の圧縮を推し進めた。その結果、バブル崩壊と相まって非正規雇用は急増していき、雇用の流動化(雇用の不安定化)が進んだ。
総務省統計局の労働力調査によると、総労働者のうち非正規雇用の比率は、1984年で15.3%、1995年で20.9%、2012年1月‐3月期で35.1%となっている。この数字の背景には、少子高齢化や女性の社会進出といったことも関係しているが、若年者の非正規雇用比率の大幅増がある。年齢階級別に非正規雇用者比率の1990年‐2012年推移を見ると、25~34歳では12.7%ポイント、15~24歳では25.5%ポイントも増加している。
以前は、非正規雇用の形態で働く労働者の多くは、定年退職を迎えた60歳以上であったり、学生や主婦(夫)といった被扶養者であった。それらの人々は主に家計の補助的な役割で労働しており、低賃金、不安定雇用などはさほど問題にならなかった。
しかし現在では、正社員になりたくてもなれない人、家計の柱の役割の人までもが非正規雇用の形態で働いており、貧困が蔓延している。フリーターや派遣でも食っていけるからいいじゃないかと言う人もいるかもしれない。
しかし、職を失ったとき、歳を重ねたとき、病気や怪我をしたとき、どうなるだろうか。非正規雇用の待遇では貯蓄は難しい。いつ切られるかわからないという不安によるストレスも相当なものだろう。正社員との格差、相対的な貧困も問題である。
これは子供で考えるとイメージしやすい。塾などの教育費が捻出できず、給食費も払えず、いつも同じ服を着ている。その子は、周りは、そのことについてどう思うだろうか。
大人でもコミュニティのなかで、格差による恥ずかしさ、悔しさ、劣等感を感じるだろう。非正規雇用の待遇はこういった問題を抱えている。社会背景の変化、雇用形態の変遷を受け、非正規雇用の問題について対策をとるのは急務である。
太田 哲郎