連載 GPIF改革の論点 (13) 望ましいポートフォリオ

小幡 績

これまでの議論をまとめよう。

現在のポートフォリオにはホームバイアスがあり、日本国債と日本株へ投資が偏っている。したがって、この2つのカテゴリーへの配分(アロケーション)を減らし、他の資産を買うべきである。

どのような資産を買うべきか。分散投資の効果を高めるものであり、現在投資しているもの以外のものを増やすべきである。

分散投資とは何か。


それは、結果的に、形としては対象資産を分散させることになるが、考え方としては、その資産、投資手法におけるリスク要因(リスクファクター)を分散させ、リスク要因に関して、お互いに相関しない資産を保有することを目指すのである。

リスク要因には、例えば、日本国債に関しては、インフレリスク、中央銀行政策リスクがあるが、本質的により重要なのは、政府の信用リスクである。なぜなら、経済学者やエコノミストにとって、さらに一部の投資家にとっては、国債価格の裏返しである名目金利(名目利回り)は、インフレ率+実質金利であるが、実質金利とは名目金利-インフレ率である。さらに、名目金利の一部であるインフレ率は、実際のインフレ率ではなく、期待インフレ率である。期待インフレ率とは、合理的期待形成仮説に基づけは、実際のインフレ率であるが、現実には、期待インフレ率とは、人々が期待インフレ率と信じているものに過ぎず、これも市場の国債価格からの推計である。

日本においては、期待インフレ率の計測が難しく、米国では容易だと言われるのは、経済理論的には、期待インフレ率は、普通の国債と物価連動国債の利回り(価格の裏返しとしての利回り)の差を取ることが米国では可能だからである。物価連動国債は利子が事前には確定せず、実際のインフレ率に連動して利子の額が決定されるからである。

日本にも、物価連動国債は存在している。しかし、それがデータとして使えないのは、市場が発達していないからであり、市場が発達していないのは、発行額が小さく、取引量はさらに小さいからである。今後、政府は発行額を増やす予定であり、GPIFも物価連動国債へ投資することを表明している。

しかし、なぜ市場が小さいとデータとして使えないのか。それは市場価格のブレが大きいからである。市場価格のブレとは何か。伝統的なファイナンス理論からすれば、それはノイズであり、ノイズとは、実際の価格とファンダメンタルズによる価格のずれであるが、行動ファイナンス理論からすれば、それはずれではなく、実際の価格こそが重要であり、現実の中心であり、ファンダメンタルズは実際の価格を決める要素の一つでしかない。より正確に言えば、市場価格は投資家の行動(売買行動)によってのみ動かされ、決定されるが、投資家がファンダメンタルズを参考に投資行動を決めるという場合に限って、あるいは考慮に入れる程度に応じて、ファンダメンタルズは市場価格に影響を与えるのである。

すなわち、国債の名目利回りとは、国債の市場価格から逆算して、額面の元本額に応じた利率を算出しているが、市場価格が変動すれば変動するのであり、その市場価格とは、投資家行動に規定されている。そして、物価連動国債と普通の国債への投資家行動が異なれば、その差は、投資家が認識する将来のインフレ率の予想値、すなわち、期待インフレ率ではなく、単なる投資家行動の差に過ぎないのである。

物価連動国債と普通国債への投資家行動が異なる要因は、期待インフレ率の差に基づき、同一の投資家が、アービトラージ(裁定取引)を狙って、期待インフレ率以上に物価連動国債の利回りが高ければ買い、低ければ売るという行動を取るだけでない、投資家行動が別の要因に動かされていることからきている。すなわち、投資家が物価連動国債を買うのは、その物価連動国債が値上がりすると予想するから買うのである。そして、値上がりするのは、他の投資家が将来買うからであり、例えば、現在物価連動国債は、その流動性の低さから、余り人気がないとすると、GPIFが投資家として参加するようになれば、GPIF自体も買うし、それを狙って他の投資家も買うことで、将来の買いが増えると予想されるから、今日買っておくのである。

このように、価格のずれは、経済理論および伝統的なファイナンス理論的には期待インフレ率を表すことになっている(なってほしいと思っている)が、現実の市場では、投資家の思惑で動くのである。

これが意味することは何か。

名目金利、期待インフレ率に関するここまでの議論は、経済理論やエコノミストが想定する理論上の概念は、現実には直接は測定することができる、推計しており、その推計はさまざまな理論上の仮定に基づいているということだ。その結果、市場におけるリスクとして認識されている要素は、理論上はそれがリスク要因であっても、現実には別の要因の代理変数になっている、すなわち、真の要因が表面的に現れているに過ぎず、しかも、それは推計されたものであり、現実のデータではないということだ。

つまり、国債市場における真のリスク要因は、インフレリスクでも、中央銀行政策リスクでもない、ということだ。短期の投機家にとっては、インフレの指標が動いたことによる短期の価格変動、日本銀行の政策決定会合後の発表文に対する投資家の短期的な動揺により利益を上げようとするから、重要かもしれないが、少なくとも長期投資家にとっては意味がないし、真のリスクファクターではない。真のリスクファクターとは、発行体である政府の信用リスクであり、市場価格の変動リスクである。

発行体の信用リスクは、教科書的にも現実的にも、本質的な唯一最大のリスクであり、ここが揺れ動くかどうかが大きなリスクだ。

もう一つの価格変動リスクは、伝統的なファイナンス理論に置いては、価格変動こそがリスクそのものというか、リスク量の定義が価格変動量であり、ポートフォリオ全体では、資産相互の相関を踏まえたうえでの共分散、簡単にいけば、ポートフォリオ全体の資産の時価の変動がリスクである。だから、普通はこの価格変動をもたらす要因こそが、真のリスク要因なのであるが、本質的に、ここに誤謬があり、原因を取り違えている。価格変動そのものがリスクなのであり、価格変動をもたらす要因は無数にあり、それを直接もたらすのは、投資家の売買行動であり、この投資家の行動の変化こそが、投資家リスクであり、これが真の本源的なリスク要因なのだ。

論理的には、投資家がファンダメンタルズを基に投資行動を取るのだから、ファンダメンタルズがその先のリスク要因であり、ということは、より本源的な要因だ、と言うことになるが、これが理論的には整合的であるが、現実はそうはなっておらず、投資家はファンダメンタルズを基に行動することもあるが、そうでないときもあるのであり、そうなってくると、現実の市場を説明する理論としては、仮説としては整合的であるが、誤った仮説だということになる。

価格変動リスクをファンダメンタルズリスクとそれ以外のリスク要因にわけ、さらに前者をインフレリスクなどに細かく分けていき、それ以外の理論的に説明しにくいリスクはノイズとして、誤差として無視をするというのは、一つのやり方であり、教科書的には一般的になされてきた伝統的な方法であるが、問題は、それでは現実の市場の動きを捉えられず、投資方針を立てる上でも有効性が低いということである。

したがって、投資家の行動が変化することがリスクを直接もたらすのであるから、それをリスク要因の中心であり、本源であると捉え、本源に影響を与える要因をケースバイケースで考えていくというアプローチの方が、実際の投資方針を決定する上で有効性が高いと考える。ここは個人的見解となるので、一般的に広く受け入れられている常識ではない。

ただし、こうすることにより、より現実的なリスクコントロールとリターンの追及が可能となる。

例えば、日本株式と海外株式を分散投資することの意義は低下している。これは、グローバル経済が強まって、実体経済の連動性が国際的に高まり、その結果、株価も連動するようになったという見方と、株式に投資する機関投資家、大手ファンドの多くが、世界中の株式に分散投資するので、彼らの投資行動により、同じような動きをするようになってきたという見方の二つがあり、実際には、両方あるということである。ところが、理論的な分散投資理論に置いては、後者の要素は考えられていないので、GPIFのポートフォリオをこれから考えるときには、この後者の要素を考える必要があるということだ。

すなわち、新興国の株式と欧米成熟国の株式に分散投資することは、その意味は半分しかない。むしろ、債券投資に置いて、米国債やドイツ国債への投資と、それ以外の欧州成熟国の国債への投資、欧州新興国、世界の新興国の国債へ分散投資することは、それ以上の意味がある。なぜなら、株式に置いては、米国などと新興国との間の分散は多少意味があるが、大枠では、いずれにせよ、リスクオンの投資であり、上述したカテゴリーの中では、米国債とドイツ国債だけが、リスクオフの投資として意味を持つ。したがって、グローバルの大規模な機関投資家が、資金を動かすときに、どこかからアウトし、どこかへインするわけだが、その資金の出入りのタイミングや方向が異なる資産、あるいは資産カテゴリーに投資しておくべきである。

投資の基本的なセオリーは債券と株式に分散させるという大枠があるが、これは、本来は証券の性格上の違いによるものであったが、現在では、債券投資も株式投資も両方行い、資金をこの2つの大枠の間で動かす投資家が増えたと同時に、それぞれを専門とする投資家同士の分離がよりはっきりしてきたことがあり、この投資している投資家の違いが、価格変動の違いをもたらしている。したがって、株式と債券の分散投資の効果は、株式の中での地域分散効果に比べて、相対的にまだ有効性が高いのである。

この点に置いて、オルタナティブの中でも、不動産投資やインフラ投資は、伝統的資産の債券や株式に投資する投資家と異なる投資家がプレイヤーとして加わっており、とりわけ株式の投資家とは、投資行動が大きく異なるため、大きな分散効果が得られるのである。

その点で、株式の中では、世界中の株式市場の主要なインデックスに分散投資するよりも、大型株と小型株に分散投資する効果の方が大きいのである。なぜなら、世界中の主要なインデックスに分散投資するという投資スタイルは確立しており、投資対象資産が分散していても、投資家主体は分散していないからである。この結果、世界の大型株は連動が大きくなっているのである。

その意味で言うと、ベンチマーク投資の割合も減らすべきである。これは投資対象資産ではなく、投資スタイルの問題なので、後日議論するが、世界中に投資するとなると、個別の銘柄を追う事はできないし、規模の効果から言って意味もないので、ほとんどの有力機関投資家は、ベンチマークで投資をする。大型に偏る弊害は、小型株のインデックスに投資することで解消しようとする。さらに、資源や穀物などの商品では、実際の投資対象現物資産が少ないので、ヴァーチャルなインデックスに投資するという手法も見られる。これは逆に言うと、インデックスが存在するものに投資するという投資行動バイアスがあるということで、スタイルから言って、ベンチマークに依存しない投資手法が望ましく、ベンチマークに縛られている結果、投資対象となりにくい資産は結果として割安になっているので、そこに投資すべきと言うことになる。

例えば、日本株へのインデックス投資は、日経225、小型を含むためにTOPIXとなるのがせいぜいで、その結果、マザーズは無論のこと、ジャスダックなどへの投資は海外からは入りにくくなっていた。その分、ひずみが残っており、個人投資家によるバブルが新興株式で起こりやすかった反面、ブームが去ると、きわめて割安になっているものが多かった。それを捉えたのが、リーマンショック後の東証2部ブームなどである。東証2部の銘柄は新興株ではなく、バブル狙いの投資も入らず、またインデックスで投資するのは1部に限られていたため、2部の安定した銘柄は常に割安になっていた。流動性も低いから、さらに割安になっていたのであり、このひずみに注目が集まり、2部はある時期から上昇を続けたのである。

これは世界的にも起きてきた現象で、小型株ブーム、アナリストカバレッジのない銘柄ブームなどは世界共通だ。

これは投資スタイルの話なので、ベンチマークの話を中心に、次回議論することにしたい。