中東呼吸器症候群(MERS)が世界的流行の危険性 --- 外岡 立人

アゴラ

MERSはこの一ヶ月、サウジアラビア、そしてアラブ首長国連邦(以下UAE)で患者数が増加し、予断を許さない状況になっている。

現在、検査で確認された感染者数は345人、致死率は30%台となっている。


4月19日付の米国ワシントンポストの社説の一部を以下引用する。

2012年にサウジアラビアで発生した新型コロナウイルスに関するもっとも心配すべき脅威は、人人感染が迅速に、そして継続して起きることである。

 ウイルスは中東呼吸器症候群、またはMERSと名付けられ、いまだ十分分かってない謎の部分が多い。特に、その拡大様式については全くといっていいほど分かってない。

 効果的ワクチンはなく、かつ効果をもつ抗ウイルス薬もない。

 最近の研究ではラクダがウイルスの供給源とされているが、多くの感染者はラクダとの接触既往がない。

 MERSコロナウイルスはこれまで、密に感染者に接した場合に人から人への感染が起きているとされたが、10年前のSARSのように流行を予測させるような人人感染は稀にしか起きていなかった。

 しかし、最近の状況は明らかに不穏といえる。

 先週以降(4月6日以降)、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)は病院内と医療担当者の中での集団発生を報告した。

 これらの集団発生は、ウイルスの感染動態に変化が起きた兆候である。

 UAEは一人の医療担当者がMERSで死亡したため、周辺の担当者の検査をおこなったところ4月13日と14日に、10人の感染者が見つかった。

 サウジもジッダの病院で発生している集団発生に苦慮している。そこでは医療担当者を含むいくつかの集団発生が最近起きている。ジッダの感染者数は40人を超えている。

当ワシントンポストの社説のタイトルは、“サウジの正直な情報提供なくしては、新型殺人ウイルス、MERSの拡大は抑えられない”となっているが、21日には、それを反映してか、保健大臣が国王から罷免されている。

同大臣は、対策は十分行ってきているし、情報も全て公開していると、コメントし続けてきたが、国際的にはサウジの状況は不透明であり、そして現在感染者が急増していることから、サウジの対策に対して国際的に懸念の声が上がっていた。

米国の感染症および公衆衛生の指導的立場にあるミネソタ大学のCIDRAP(感染症と政策研究センター)長官のオスターホルム博士は、4月22日付けの報道で以下のように警告している。
「感染者の急増、特に医療担当者の中での感染の増加は、ウイルスが転換点を迎えた兆候(人人感染するような変異をしている:筆者注)と判断され、アラビア半島外にウイルスが拡大する可能性が高い」とコメントし、ウイルスが変異し、人人感染を起こしていると推定している。

2012年9月に発生が初めて確認されたMERSは、100例の感染者が確認されるまで1年を要したが、最近の状況を見るとこの2週間で100例を超える感染者の発生が確認されている。

オスターホルム博士は、「感染者から容易にウイルスが他の人に感染するようになると、それは世界的流行となる。この2週間の状況は、我々にとって心配なことだ。世界は新たなフェーズに入ってきた可能性が高い」と結論している。

当初ウイルスはラクダから感染していると推定されていた。

確かに現在人に感染しているMERSコロナウイルスの起源は、遺伝子解析によりラクダに感染しているウイルスにほぼ近似しているとされる。他にコウモリが保有するウイルスにも近似しているとする報告も多い。

しかし、現在、MERSは明らかに院内で医療担当者に感染し始め、また市中でも感染者が増えている状況となっている。

ジッダ(サウス第二の都市)の病院では多数の医療担当者が感染し、医師達がMERS患者の治療を拒否して辞職する事態ともなっている。

さらに、ジッダに滞在して帰国後に発病した症例も最近報告されだしている(マレーシア、フィリピン、ギリシャ)。アラビア半島外でMERSが集団発生し出すと、それはパンデミックの予兆となる。

MERSは10年前のSARSよりも病原性が高く、肺炎、そして腎不全を起こす患者が多い。

現時点での致死率は30%前後とされるが、感染者全てが把握されてないので、実際はもっと低いと考えられる。ちなみにSARSの致死率は10%前後であった。

ウイルスが変異しているかが焦点となるが、疫学的知見からは人人感染が多く見られているので、ある程度の変異が生じて、少なくともウイルスを直に大量浴びると感染すると思われる。

重症化、そして死亡している例は高齢者が多く、また慢性疾患を保有しているとされる。しかし糖尿病や高血圧を保有していることが、MERS感染で症状の重篤化を起こす医学的解析はなされてない。

最悪の場合、この1、2ヶ月の間に、MERSが世界的に拡大してパンデミックとなる危険性もある。

なお、日本の報道機関や医学雑誌がMERSについて情報を発信しない理由が筆者には理解できない。遠い中東の出来事と楽観的なのかもしれないが、ウイルスは数時間で海外へ広がる。ジッダで感染した旅行者が航空機内で発病したなら、同乗者は空港に到着後隔離されることになる。

【関連サイト】
ワシントンポスト:“New killer virus should be fought with the help of Saudi honesty” 4月19日
米国CNN:“Saudi officials see spike in MERS coronavirus cases” 4月22日

外岡 立人
医学ジャーナリスト、医学博士


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年4月29日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。