児童ポルノとのつきあい方 --- 山城 良雄

アゴラ

なんや、すっかりアゴラの下ネタ担当が板についてしもた感じや。困ったもんやで。前の記事にも書いたが、児童ポルノ法はザル法。ただし、かなり刑罰が重い。懲役までしっかりある。「取締りが難しい分、一罰百戒的にしておかんと効果が薄い」という言い分もわからんでもないが、こういうシステムで一番喜ぶのは、ヤクザなどの反社会的勢力や。


前例がある。薬物や。麻薬や覚醒剤は医療用の用途があるかりぎ製造は止められん。ということは、横流し、密輸、密造で簡単に手にいれることができ、取締り法はザル法になる。厳罰化で対抗すると末端価格が上昇し、「トカゲの尻尾」を用意できるヤクザ組織の重要な資金源になる。

ちなみに、覚醒剤が合法なアメリカの州では、密売ビジネスがマフィア組織の資金源になるてなことは有り得ん。普通の薬局で売っている。シャブ中が蔓延しているという話も聞かん。つまり、違法化が犯罪組織を追い詰めるとは限らん、ということや。

それでも、児童ポルノの規制は人権侵害の防止に効果があるという議論もあるが、そう理屈通り行くとも限らん。覚醒剤の例からも分かるように、合法的に手に入らなくなると、犯罪組織の資金源になりがちやからな。

違法になると児童ポルノの作成は、当然ながら犯罪組織が取り仕切ることになる。途上国の海岸で泳ぐ女の子に100ドル渡して……というような牧歌的な犯罪は激減するやろが、拉致、暴力、脅迫、薬物……ここいらへんの使用は増加する。「口封じ」の可能性も高くなる。そやから、規制が人権を守ることに繋がるとは、必ずしも言えんやろ。

将軍様の命令ひとつで、裸でもSEXでも喜んでする少年少女がわんさかいる某国も、新規参入してくる可能性がある。つまり、児童ポルノがビジネスとしてなり立つ構造がある限り、規制が「より大規模な人権侵害」を招く可能性は否定できんわけや。

では、どうすれば、ええかを考えてみよう。まず、児童ポルノのユーザーを分類してみよう。コアなタイプとして、小学生ぐらいまでの幼女にしか性的魅力を感じないという気合いの入った変態タイプ。そして、「ゆりかごから墓場まで」OKという博愛型スケベの2つ分けられる。

後者の大部分は、幅広いレパートリーの一分野としてU-18も行けるというプレースタイルで、極端に幼い子供にはむしろ嫌悪感をもつヤツが多いはずや。せいぜい中学生ぐらいまでというんやないかな。

だから、たいていの場合はリスクを冒してまで、児童ポルノにアクセスしようとは思わんが、禁止されると見たくなる。こんな感じやと思う。もちろん、数で言えば、圧倒的に後者が多数派やろ。ただし、前者の本格派ロリコンは、少数派やがリスクを平気で取りに来る。

児童ポルノビジネスを展開する立場から言えば、多数派と少数派の両方を取り込まんと商売にならん。出来れば、自分のコンテンツをキッカケに、多数派から新たに少数の本格派が出てくれば一番おいしい。この構造を頭に入れておいて欲しい。

児童ポルノによる人権侵害廃絶を目指すなら、まず、新たなの制作を徹底的に取り締まる。これは当然やな。ただし、ネット上の画像や単純保持には、最初は手をつけない。コンテンツの希少化をさけるためや。

言い換えれば、少数派の本格ロリコンさん用のマーケットが成立することを防ぐためや。少し探せばネット上で無料の児童ポルノが手に入る状態に、あえてしておけば、ブラックマーケットは成立しにくくなる。

次に、ネット上の画像に関しては、時間をかけながら、次のようなものから順に削除要請をしていく、

  1. 関係者(本人など)から削除依頼が出ているもの
  2. 検挙された作成者が過去に作成したもの
  3. 多数の医師が一致して16歳未満と推定したもの

ちなみに、「児童」の定義も女性は16歳未満、男性は18歳未満とするべきや。

民法上、結婚できる人間が自由意思でやったことを、保護する必要はないはずや。これが、児童福祉法や児童の権利に関する条約との整合【ウィキペディア】せんというなら、まず民法のほうを改めるんが筋というものやろ。

もちろん、こういうコンテンツはネット上にコピーがばらまかれるから、モグラ叩きになるが、時には強行に検挙に出たりして、少しずつ出回る量を減らしてゆく。ただし極力、騒ぎは起こさんのが大事。理想は、既存のロリコンには一定数のコンテンツを提供しながら、ロリコン予備軍がそうしたものに触れて「開眼」する機会をなくすことや。

この方式にワシが自信があるのは、アダルトコンテンツ全体の衰退を考えてのことや。20年ぐらい前までは、ちょっとした町には必ずあったエロ本屋は完全に消滅した。エロDVD屋がこれに続いている。秋葉原や日本橋のその手の店は、次々に閉店に追い込まれている。

アダルトコンテンツなどweb上に、いくらでも無料で落ちているんやから。商売がなり立つはずがない。ポルノの青空文庫化とも言える状況になっている。幸か不幸か裸やSEXに新旧は無いから、ネット上の画像・映像はいつまでも古くならん。

当然、新規にコンテンツを作るインセンティブはなくなる。児童ポルノによる人権侵害の廃絶も、このトレンドに乗せてやってしまおうというわけや。

人権救済という点から、もうひとつ考えておかんといかんのは、児童ポルノの非人間性を言いつのることが、かつての出演者にどういう影響を及ぼすかや。わざわざ、「あなたは少女時代に著しい人権侵害を受けました」と認定してもらってうれしい訳ないがな。

フラッシュバックのようなことがおこるリスクは常にあるし、裸になることにプライドを持っている人には逆に侮辱になる。こういう両極端は別としても、普通の人は、「昔のことを蒸し返さず放っておいてくれ」、と思うやろう。この構造は前に書いた慰安婦問題の記事と同じや。

児童ポルノにひとつだけ救いあるとすれば、時間が経てば出演者の特定が、だんだん難しくなってくることや。この議論から考えても、児童ポルノは、「新規の供給はなく、酷い物から順に少しずつ静かにwebから消えて行く」というのが理想やと思う。

酒・たばこ・薬物・ギャンブル・売春など現代の悪徳。ガキ臭い理想主義者や、他に邪悪な意図を持った権力者が、一気に廃絶しようとすると、大きな副作用が発生することになる。現代の悪徳のひとつ、児童ポルノとも社会の側はうまくつきあうことが必要やろ。

今日はこれぐらいにしといたるわ。

帰ってきたサイエンティスト
山城 良雄