国際化は「大相撲」の敵か味方か?

北村 隆司

舞の海秀平氏が「昭和天皇と大相撲」と題した“記念講演”で、「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。 外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」と語って話題になったと言う。

NHKで言えない事を公開の講演会で発言するのも可笑しな話だが、丁度その頃に始まったワールドカップ代表選手の30%が、移民出身か2重国籍の持ち主であると言う統計が出ている。


だから言って、外国出身選手が多すぎて面白くないと言う不満は何処の国からも聞こえて来ないどころか、他競技と激しいファン獲得競争を展開する外国の各種のプロスポーツ界は、有能な外人選手の獲得に血眼になっている。

プロスポーツの国際化努力はどのスポーツでも共通で、今年の公式第一戦をオーストラリアで開いたメジャーリーグや、ロンドンで開幕戦を迎えたバスケット(NBA)は勿論、米国内で年間2億5000人以上の観客動員力を持ち、巨大なTV中継料や広告収入を誇るアメリカンフットボール(NFL)さえも、複数の公式戦を欧州で行い、サッカー王国の欧州の牙城を崩そうと懸命の努力をしている。

賛否は別にして、世界のプロスポーツ界が舞の海氏の主張のような排外主義とは真反対の方向に動いている事だけは確かだ。

229cmと言う身長を誇るヤオ・ミン(姚明)選手がNBAで大活躍すると、未来の最大市場である中国でのバスケット人気が沸騰した事に刺激された他のプロスポーツ界は、争って海外選手の争奪に乗りだした。

その結果、今年のNBAチャンピオンに輝いたサンアントニオ・スパーズの5人の先発選手は、アメリカ、バージンアイランド、フランス、バルギー、アルジェンチン各一人の出身に分かれ、控え選手もアメリカ3人、オーストラリア、ブラジル、イタリー、ニュージーランド、カナダ各1人と言った多国籍混成チームの様相を呈している。

そして、チームの優勝が決まると自国の国旗を首に巻きつけて喜ぶ様子が各国に中継され、これが各国のファンを更に増やす相乗効果を出している。

この動きはプロ野球でも同様で、今年のメジャーリーグ開幕登録選手856人のうち、28.4%にあたる243人が外国出身選手で占められ、日本からもドミニカ(89人)やベネズエラ(63人)に伍して11人の選手を送り込んでいる。

個人競技でも国際化は進み、オーガスタと並んでゴルフの最高の祭典であるUSオープンの今年の優勝者は。ドイツ人のケイマー(Martin Kaymer)選手であった。

各競技がこれだけ国際化に熱心な背景には、プロスポーツの高い成長率と膨大な経済規模にあり、その経済効果は競技の観戦、グッズや食品類の販売に始まり、交通、観光、広告、建設,雇用、流通、報道などの多岐に亘り、直接、間接に国民生活に密接に拘っている。

米国に於けるプロスポーツとGDPの関係を調査した. Plunkett Research のレポートによると、米国のプロスポーツ産業が作り出した経済効果は2012年ベースで42兆5000億円を超える規模に達し、16.62 兆ドルであった米国のGDPの 2.56% を占め、米国自動車産業の2倍、映画産業の7倍の規模に達したと言う。

高成長に裏付けられたスポーツ産業の投資効率も高く、人種差別発言でバスケット協会(NBA)から永久追放と球団の売却を命ぜられたロスアンジルス・クリッパーズのオーナーのスターリング氏は、マイクロソフトCEOを退いたばかりのバルマー氏(Steve Ballmer)にしびしぶ球団を売却したが、その額は2000億円強に上り、1982年の13億円弱の買収価格に比べると、32年間で実に154倍と言う投資利益を上げる結果となった。

日本生まれの相撲は、相撲独特の御茶屋制度、年寄株制度、親方制度、給与制度、ちゃんこ番、付け人、土俵の怪我は土俵で治せと言う根性主義など外部には判り難い閉鎖的な面が多い事と、個人競技と団体競技の違いもあって、米国国生まれのバスケットや野球と簡単に比較は出来ないが、「プロスポーツ」と言う点では共通な筈だ。

それ以上に問題なのは、税制上の優遇(国民の血税による補助金)を受ける「公益財団法人」としての日本相撲協会が、プロスポーツ団体なのか、伝統を維持普及する非営利組織なのかもはっきりしない事である。

長い伝統を持つ相撲が、後発の野球はもちろん、新参者に等しいサッカーからも大きく遅れている理由は、「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった」とか「蒙古襲来だ。 外国人力士を排除したらいい」などと言う問題ではなく、「公益財団法人日本相撲協会」の公式HPを読めば判る通り、顧客の関心を引く創意工夫もせず、公益事業に関する記述に至っては、一般私企業のCSR記述より少ないと言う無責任さにある。

しかも、他国のプロスポーツ組織の様にプロの経営者を雇用して不断の経営努力をすることもせず、元力士に経営を任せている事も問題である。

これでは、プロスポーツ組織としても「公益財団法人」としても「度素人」の域を出ず、税制上の優遇措置(国民の血税による補助金)と伝統に胡坐をかいた「怠け物組織」としか言いようがない。

相撲協会がプロスポーツ組織として生き残る為には、プロ経営者の採用と、言い訳は止めて何事も可能だと言う前向きの姿勢を持つことが欠かせない。

相撲は裸で素足のスポーツだけに、アデイダスやミズノ製の「廻し」が他のスポーツのジャージーと競争したり、ナイキやアシックス製の「雪駄」がスニーカーと競う姿は想像し難いが、同じ裸の競技でも、水泳では英国のスピード社と日本のデサントが競技用水着を巡って争った事もある位だから、デザイン安物イメージに工夫を加えれば「ブランド廻し」「お洒落浴衣」「お散歩雪駄」「何でも袋物」などが売れる可能性もゼロではなかろう。

世界では中国の「タイチー」や、インドの「ヨガ」が健康維持運動として大流行し、その経済効果も無視できない規模になっているが、TV出演した若乃花親方の解説を聞くと、相撲の準備運動である「鉄砲」「四股」「すり足」「そんきょ」「股割り」等は「タイチー」や「ヨガ」に勝るとも劣らぬ健康効果がありそうで、イメージを変えて登場すれば、世界に広まる可能性は充分ある。

地方自治体が親善大使を設けて必死に地方の宣伝に努力しているのに、祖国で大人気の多くの外国出身引退力士(例えば、グルジア出身の黒海や、エストニア出身の把瑠都など)を活用しない事も、相撲協会の工夫と努力の不足の表れである。

相撲協会が舞の海氏の主張に賛同して「国際化はしない」と言う方針を出すのなら、プロスポーツの世界から足を洗って、相撲の維持普及などの公益事業に専心すべきである。

相撲好きの私の贔屓目もあるだろうが、相撲は知れば知るほど面白く、深い物がある。

しかし、激しい国際競争の中でスポーツファンを牽き付けるには、伝統と言う悪習や排外主義を捨て、イメージを近代化してでも国際化して内外のファンを更に多く獲得するしか道はないように思う。

2014年6月17日
北村 隆司