成長戦略って何?

池田 信夫

安倍政権の成長戦略の素案が発表されました。よい子のみなさんには漢字が多くてむずかしいと思いますが、超簡単に説明しましょう。

これはアベノミクス(という言葉を政府も使うようになったんですね)の「第3の矢」の柱です。第1の矢は「大胆な金融政策」、第2の矢は「機動的な財政政策」、第3の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」だそうです。第1と第2はわかるのですが、第3の矢は日本語としても変ですね。民間投資は、政府が「喚起」できるものなんでしょうか。

経済学の言葉でいうと、金融政策は経済が正常な状態からはずれて需要と供給にギャップがあるとき元に戻す政策で、財政政策は需要が不足しているとき、政府が需要を追加する政策です。では成長戦略は何でしょうか。それは経済学の言葉でいうと、潜在成長率を上げる政策です。これは日本経済の実力です。

わかりやすくいうと、みなさんがテストで悪い点を取ったとき、その原因が風邪を引いたためだったら、勉強するより薬を飲んだほうがいいでしょう。これが金融政策です。財政政策は、先生にたのんで点数にゲタをはかせてもらうようなものです。こういうのを短期の景気対策といいます。

でも勉強をなまけて悪い点を取ったときは、いくら薬を飲んでもだめです。ゲタをはかせても、次のテストでは元に戻ってしまいます。ちゃんと勉強しないと点数は上がらないのです。この実力が潜在成長率ですが、それは次の図のように今はほとんどゼロです。


日本の潜在成長率(日銀調べ)

だから金融政策や財政政策で一時的に株価が上がっても、景気対策の効果がなくなると、元に戻ってしまいます。今度の成長戦略の中で潜在成長率を上げる効果がありそうなのは、法人税率の引き下げぐらいですが、これも国内の投資を増やす効果はありません。法人税が40%でも20%でも、企業は利益を最大化するからです(ただ海外子会社より国内で利益を出すようになるかもしれません)。

「民間投資を増やす」という目標は正しいのですが、政府にできることはほとんどありません。政府が投資することはできますが、これは政府の予算がなくなったら終わりです。むしろ大事なのは、政府が民間のじゃまをしないことです。その意味では、今度の成長戦略に労働時間の規制緩和が入ったのは、小さいながらも一歩でしょう。

短期の景気対策が需要側の政策なのに対して、成長戦略のような長期の政策は供給側の政策です。今の日本経済の最大の供給制約は、エネルギー価格です。原油価格がこの3年で2.5倍になった上に円安(ドル高)になり、さらに原発を止めたために、電気代は2割も上がりました。

このおかげでコストが上がり、供給がへって潜在成長率がゼロになってしまったのです。今は需要と供給のギャップもなくなって人手不足になり、実質的な完全雇用に近い、と日銀の黒田総裁も認めています。金融政策は、上にも書いたように短期のギャップを縮める政策なので、もう日銀がやることはないのです。

政府にできる、いちばん簡単な成長戦略は、原発を運転することです。法律では定期検査の終わった原発は動かす(安全審査は並行してやる)ことになっているので、これには国会の承認も閣議決定もいりません。安倍首相が記者会見して「法律で決まったとおり動かしてください」というだけで、株価は大きく上がるでしょう。