当方は5年前、「国連開発計画(UNDP)の『人間開発報告書』によれば、パレスチナ人の教育水準が一般的に高く、難民キャンプなどに住む子供たちは非常に優秀だ」という内容のコラムを書いた。その内容は今日でも変わらない。
▲踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)
イラク出身の中東問題専門家アミール・ベアティ氏は、「パレスチナの子供たちも非常に優秀だ。アラブの大国エジプトより、就学率は高い。子供たちは幼い時から親から教えられなくても自分でものを考え、早い時期から政治意識にも芽生える。換言すれば、祖国が他国に占領されている場合、自然に『どうして占領されているのか』、『なぜ、母国が戻ってこないのか』等の疑問を抱く。ハマス(イスラム根本主義組織)がガザ地区でパレスチナ人の子供の教育に力を入れる。多くのパレスチン人は故郷を追われ、隣国ヨルダンや他のアラブ諸国に移住する。だから、パレスチナ民族は他国や他文化社会に適応する能力も有している。もちろん、親たちはどこに移住しても子供たちに教育の重要さを教え、高等教育への機会を何とか与えようと努力する」という。
“世界のディアスボラ”と呼ばれてきたユダヤ人が子弟の教育に熱心であることは良く知られている。異国に住んでいる場合、財物は余り価値がない。いつ無くなったり、奪われたりするか分からないからだ。だから、彼らは生き延びていくために教育に投資する。ノーベル賞受賞者にユダヤ人が多いのは偶然ではないわけだ。
今年5月、ヨルダンの首都アンマンの国際会議でパレスチナ人医師、現トロント大学准教授のイゼルディン・アブエライシュ氏とインタビューする機会があった。インタビュー内容はこのコラム欄でも紹介した(「憎しみは自らを亡ぼす病だ」2014年5月14日参考)。同氏は2人の娘さんをイスラエルの砲撃で失っているが、その娘さんは生前、将来は医者、もう一人は弁護士になりたいという願いを持っていたという。彼女たちは難民キャンプで両親と共に大きくなった。そして勉強をしろと強制したわけではないが、娘さんは学んでいった。自分から「父親のように医者になって人々を助けたい」と考え、もう一人は弁護士となってパレスチナ人の人権を守りたいと考えていたというのだ。
その2人の娘さんを失った同氏は学業に励む中東女生たちを支援する奨学金基金「Daughters for life Foundatoin 」を創設し、多くの学生たちを応援してきた。同氏自身、パレスチナ人難民キャンプで成長し、エジプトのカイロ大学医学部を卒業後、ロンドン大学、ハーバード大学で産婦人科を習得。その後、パレスチナ人の医者として初めてイスラエルの病院で勤務した体験を有する。「学ぶ」ことの大切さを誰よりも知っているパレスチナ人だ。
日本は長い平和な時代を過ごしてきた。日本人の就学率は現在、ほぼ100%といわれている。単一民族ということもあって相互の意思相通には余り苦労がないが、外国語学習では多民族国家の国民と比べると見劣りする面がある。それ以外の学問分野では日本人の優秀さは国際社会で久しく認められている。
パレスチナ人と日本人は正反対の環境下にあるが、双方とも教育に熱心な民族だ。前者は厳しい環境で生きる知恵を学んでいく一方、平和で恵まれた環境下の日本人の子供たちの場合、学習の動機が国家、民族のためというより、個人的な願いが優先され、将来、国のために貢献したいといった考えは少なくなった。いずれにしても、パレスチナ人の子供たちが優秀であるというニュースは、パレスチナ人の未来を明るくさせるものだ。
「世界難民の日」の6月20日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は昨年の難民総数を公表した。それによると難民総数は約5120万人で、その内訳は、ジュネーブ難民協定に一致する難民数約1270万人、国内避難民3330万人、難民申請者約110万人だった。難民が最も多かった国はアフガニスタン、そしてシリア、ソマリア、スーダンと続く。そして難民のほぼ2人に1人が18歳以下の子供たちだ。そのニュースを読んだ時、先述した5年前のコラムを思い出した次第だ。難民の子供たちが厳しい環境下にも負けず多くのことを学んでいくならば、難民出身の世界的な指導者が近い将来、生まれてくるかもしれない。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年6月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。