無線LANのグローバル化と規制緩和

真野 浩

先週は,シカゴで開催されたWi-Fi Allianceという民間企業により構成されるコンソーシアムの会合に出席していた。このWi-Fi Allianceは、様々なメーカーが製造販売する無線LAN機器が、互いに接続出来て安心して使えるかを試験し、その保証を示すロゴを発行したり、新しい市場に向けたPR活動等を行っている。皆さんが、日頃なれ親しんでいるWi-Fiという5文字とロゴは、この団体が商標権を持っているものだ。

今回,僕はIEEE802.11aiという新しく制定されつつある技術標準に対応した認定プログラムの策定を、このWi-Fi Allianceで始める提案をするために、会合に参加していた。
たまたま、この会合期間に前後して、日本からWi-Fiやその規格に対する幾つかの興味深い記事やコメントをネットで拝読した。 これらは、十分な調査の元に記事が書かれ、それに対するコメントも脊髄反射的にするのではなく、それなりに記事や出展、はたまた規格等をご自身で調べられてされていると思う。ところが、そこそこに著名であったりご意見、ご高説の立派な方々でさえも、あまりに事実と乖離しているコメントなどもある。

このことは、この分野の開発や制度設計に関わる者が、自分たちの進める制度・規格策定、あるいは開発姿勢の根幹となる部分について、社会の理解を得るためのアピールが不足しているために生じているのではないかと、強く反省させられた。
携帯や無線LANの普及により、電波が身近に、誰の生活にも直接的に関わるようになった現在、そこに関係する我々は、広く一般に正しい理解を得るための努力をしていく必要がある。
というわけで、この場をかりて、無線LANの制度などについて、少し長文ではあるが記事を書いてみた。


なぜ電波は管理するのか
さて、そももそ電波は、なぜ規制したり管理したりする必要があるのだろうか?これは、電波の物理的な性質上、避けては通れないのだが、その基本的な部分は、電波が目に見えないために、なかなか理解しにくいようなので、最初にその事について書いてみる。

電波は世界中に届く
電波というのは、音と同じ波で、その波の繰り返す速度がとても早いのだけど、基本的な性質を理解するには、音声に例えると判りやすい。

僕らが声を発すると、それは距離とともにだんだたん小さくなって行くし、遅れて伝わってくる。従って、大きな声を出せば、より遠くに届くし、小さな声でも近くには届く。遠くからみる花火を観る時のように、遠くにいれば、聞こる(届く)時間も遅くなるし、近くなら直に聞こえる。

そこで、例えば僕が日本のどこかで大声を出したら、それは距離とともに、小さくなりながら、四方八方に伝わって行くけど、電波も同じで何処かで電波を出せば、それも距離とともに小さくなりながら、遠くの何処かにかならず届く。この小さくなる度合いは、距離だけじゃなくて、途中の壁とかの障害物などの影響でも変わる。また、地球は丸いけど、電波はまっすぐに進むので、遠くにいる人には、頭の上を通過してしまうから、その分届きにくい。(実際には、電離層というので反射して届くこともある)
ということは、電波というのは、世界中で誰かが発したら、世界中の誰かに間違いなく届くものなのだ。

電波は互いに干渉する
さて、この世界中に届く電波で、僕らは会話(通信)や演説(放送)をするのだけど、例えば僕が好きな女の子と楽しい会話をしている時に、すぐ近くで大きな声で誰かが話しを始めると、僕の耳には、彼女の可愛げな声と、その誰かの声が両方入ってきてしまい、肝心な彼女の声が聞き取りにくくなって、会話が出来なくなる。あるいは、工事現場や工場で、自分の真横に大きな音を出す機械がいたら、やはり僕のしたい会話は出来ないし、僕の聞きたい誰かの演説もよく聞こえなくなる。つまり、電波というのは、好むと好まらずに関わらず、世界中の他人に干渉するものなのだ。

また、この干渉というのは、あくまで相対的なものなので、単純に声の大きさ(電力)の比率だけではなく、希望する相手と妨害する相手との距離関係にも影響する。そして、電波が沢山重なると、重なる分だけ干渉が大きくなる。
無線LANは、電力が小さいから干渉は関係ないという都市伝説を信じてる人もいるようだけど、無線LANもとても大きな電力だし、その干渉の影響は、相手との相対位置や台数でさらに変わる。電子レンジの漏洩電波より,遥かに大きい電波を出しています。

電波は世界の共有資源
というわけで、電波は,日本のとかアメリカのというのではなく、世界中で互いに干渉しあうものであり、逆に言えば世界の共有資源なのだ。となると、この電波の使い方については、世界中で互いに調整しながら使った方が、皆が幸せになる。自分勝手に皆が大声をだしまくったら、会話も演説も伝わらなくなるから、その使い方のルールを決めたほうが、結果的に皆が幸せになるわけだ。実際に,冷戦時代には、ウッドペッカーなんていう妨害電波を四六時中出しまくって、他国の通信を妨害していた国もあった。

そこで、ITU(国際電気通信連合)という機関で、電波の使い方につての国際的なルール作りをし、それに加盟している国々は、これに従っている。

電波は、世界中に届いて、互いに干渉すると書いたけど、例えば僕と彼女はソプラノのような高い声で話しをすることにして、ソプラノ以外の低い声を聞こえなくする耳栓をする。そして、僕の友達とその彼女は、テノールで会話をして、やはりテノール以外は聞こえないようにする耳栓をする。こうすると、僕と彼女の会話と、友達と友達の彼女の会話は、同時に声をだしても干渉しない。このようにどの音域を使うかというのが、周波数というやつで、周波数を分ける事で、互いに干渉しないようにする事が基本的には出来る。また、当然ながら出す声の大きさを互いに抑えれば、干渉は少なくなるし、互いの距離が離れていれば干渉が少なくなる。つまり、周波数、電力、空間の三つを、ある程度のルールのもとに、分けて使う事で、干渉なく世界で平和に使えるわけだ。

ITUでは、この大まかな使い方のルールを、世界を三つの地域(ヨーロッパ・アフリカ大陸、アジア・中東・オセアニア、北・南アメリカ)に分けて、それぞれに大きな割り振りをしている。この地域が異なれば、そこそこに干渉しないよねという感じ。

なので、「日本で、アメリカで使える無線LANが使えないのは、日本の規制が云々ゴラァ!!総務省」という前に、まずこのITU での割当の確認をすることが、とても大事ではある。

電波管理は国の主権
さて、このように国際間の大まかな電波の使い方は、取り決めてあるけど、これは、放送用途か衛星通信用途か、通信事業用途かみたいに、とても大きな協調の枠組みでしかない。

では、この協調の枠組みのなかで、細かくどう使うかはどうするかというと、各国が主権国家として、それを監理しているわけだ。なんで国が監理するかというと、電波は通信やレーダーといった国の統治の上でとても重要なインフラ資源だからだ。まぁ、革命を起こす時には、まず放送局を占拠して、通信を遮断し、レーダー等を妨害するというのは、いろんな映画でも常套手段なわけで、逆をいえばそれだけ電波利用は、統治に欠かせないということだ。

だから、主権国家としては、この統治を他国に委ねるわけではなく、自らが統治運営するのは、最低限に必要な事の一つなわけだ。ということとは、当然ながら日本に限らず、何処の国にも電波法はあり、電波監理行政はある

たとえば、「今や携帯電話や無線LANは、国際間で利用者が自由に持ち歩く電波利用なんだから、日本の独自ルールなんて無くして、アメリカのルールにすれば良いじゃないか」と思うかもしれないけど、これは「国際的に流通が強いのは米ドルなんだから、もう円なんていう通貨はやめれば良いじゃん」と言ってるのに等しいくらい、電波監理が国の主権として重要という視点が欠如しているわけだ。まぁ、そういう世界は一家、人類は皆兄弟というのも、個人的には嫌いじゃないけど…

大事なことは、主権を放棄して他国に従属することではなく、主権の元に他国と共通、共用できる仕組みを取り入れる事だ。

 というわけで、電波は世界の共有資源だから、一定の国際協調は必要であると同時にそれは、各国の主権によって統治されるものだというのが、技適云々以前に広く理解してもらうべき基本なのだ。

 ちなみに、日本では「電波の公平且つ能率的な利用を確保することによつて、公共の福祉を増進することを目的とする。」という電波法なんていうのがあり、原則として無線局(電波を送信したり受信したりする設備とその操作をする人の総体)というのは、総務大臣の許可が必要となっている。

技適って何よ
さて、ここまでに書いたように、みんなの幸せの為に、ある程度のルールと監理が必要な電波だけど、昔はそれを使う人や使い方が、軍隊や行政、科学などに限られていたから、全部許認可でも良かった。ところが、科学技術の発達によって、電波をよりもっと簡単に使えることが、社会にとって重要になってくると、全部が許認可というのは、社会的デメリットの方が大きくなった。

そこで、ある一定の要件を満たした無線局については、それを使う人が免許を取得しなくても、使えるようにしようということで、技術基準適合証明なんていう制度が作られた。

これは、電波を出す機械が、誰が利用しても他人に迷惑をかけない事を機器そのもので保証することで、それを操作する人がいちいち免許を取得しなくても良い事にしたわけだ。

先に書いたように、電波は干渉するから、皆が自由気ままに勝手に使ったら、皆が不幸になる。そこで、機械そのものが一定以上の大声(電力)が出ないようになっていたり、誤操作などで違う音域(周波数)に大きな干渉を発生させないようにしているわけだ。

技適廃止は、荒唐無稽
このような技適制度は、先に書いたように電波の監理が国の主権であることから、各国がそれぞれ制定して、似たような仕組みを取り入れている。ちょっと前までは、共産圏の国などでは、まったくこういう制度が無い国も沢山あった。

ここで、大事なことは、こういう制度は日本だけが特別にあるものではなくて、米国にも、ヨーロッパにも、アジアの各国も、それぞれに存在している。だから、日本の技適が、なにか日本独特の制度で、ガラパゴスの象徴のように言う人がいるけど、それはまったくの誤解だ。

たとえば、アメリカでは、FCC Part 15というのがあって、これはこれで認定を取る必要があるし、FCC の規定が日本の技適より、いろいろな面で規制が緩いことはない。何処の国にも、その国の電波法があり、その下に技適制度同等のものがあるのだ。

ここで、先に書いたように、日本、アメリカ、ヨーロッパは、元々国際的なITUの取り決めとして、異なる地域になっている上、各国が主権国家として詳細の電波監理をしているので、日本の技適が不要だとか、BYODの時代に合っていないから廃止すべきだなんて言うのは、かなり暴力的で荒唐無稽な素人の愚痴でしかない。

技適の形骸化
以上のように、電波監理は、各国の主権のもとに行われ技適制度同等のものも、各国毎に存在するわけだが、それではこれを取得しない機器は使えるのかという問題がある。

単純に言えば、各々の国の中での電波監理は、各々の国によって統治されているので、それに合致しない機器を持ち込んで、利用することは、違法行為となる。従って、日本でいえば日本の技適を取得していない機器を、国内に持ち込んで利用したら違法行為である。

しかし、今や携帯にしても無線LANにしても、簡単に持ち歩るけし、日本の技適を取得していない機器を持ち込んだら違法といわれても、そんなの規制しようがないから、形骸化してるんじゃないかと指摘される人も多い。実際に、外国で買ったiPadやXperia 日本でネットに繋ぐと法律違反もという記事や、この記事を元に書かれたエントリーなどてもそういう指摘はある。

また、先日もETCなどを製造しているメーカーの人達と意見交換をした時に、IEEE802.11acのアメリカ製品が日本に持ち込まれたら、ETCに干渉するから大きな問題じゃないかという意見を沢山聞いた。

電波といのうは、いくら許認可制にしたところで、車の運転と同じで、完全な取り締まり制御は出来ないから、事後監視に頼らざるを得ない。例えば、自動車の速度を道路の制限速度と連動して、完全に制御する仕組みがない以上、自動車の運転速度は完全に制御できない。そこで、検問と罰則という事後監視により、運用の適正を保っているわけで、電波も不法運用や不法機器の持ち込みを、完全に止める事は出来ない。

実態として、海外製品の購入や販売そのものは、規制されないので、海外製品の国内での不正運用という違法行為は、古の時代より常に存在してる問題だ。とはいえ、携帯電話や無線LANは、その数といい、移動先での利用という目的を考えても、制度と実態の乖離が大きな課題だ。
では、この問題に対する取り組みや対応はどうなっているかを、簡単に解説してみる。

グローバル製品対応
コンシュマー製品に限らず、メーカーは、製品を作る時に、それを何処で売るかを考えて製品化する。これは、一般には仕向けというのだけど、例えばアメリカ、日本、ヨーロッパでは、電源の電圧もコンセントの形状も異なるし、取り扱い説明書の文字を何にするかも異なる。そこで、製品企画段階では、この仕向けは、自社の戦略や、自社のもつ販路などを考慮しながら決定される。当然、コストを下げるために、製品の仕様は仕向けでなるべく共通にしたいのだが、仕向け別に独自性の残る部分がある場合には、製品仕様が複数になったりする。また、その異なる仕様を、ポートフォリオとして持つ事がROIとして見合わなければ、仕向けを外す場合もある。
この仕向けいうのは、メーカーがどこに出荷するかであって、何処の国で製造するとか、何処の国のチップを使うとかいう話しではない。

ここで、Wi-Fiや携帯の機器を製造している多くのメジャーが、世界戦略商品として位置づけている製品では、まず間違いなく日本の技適を所得している。ただし、マイナーメーカーだったり、販路が特定地域に偏っているような会社は、最初から仕向けとして日本を入れていない場合もあり、こうい製品は当然ながら日本の技適を取得していないが、これは世界モデルとは言わない。

しかし、逆にいえばこういう製品は、まず日本で直接売られるわけではなく、並行輸入ものであり、国内での販売数に限りがある。とは言え、これが日本に持ち込まれることは、当然あるわけだが、この場合も、そもそも海外に頻繁に行く人が地域限定されたモデルを買う比率は、低いだろうから、こちらも比率的にメジャーではないだろう。

というわけで、まぁ世界戦略として、世界モデルとして製造、販売されている製品の多くは、日本の技適を取得しているわけだ。もちろん、製品の販売順序とか初期のアンテナマーケティングで先行されていない場合(グーグルグラスとかiPad初期モデル)はあるけど、それはマイナーな話しで特例だ。

 実際に、Wi-Fi AllianceにもIEEE802にも、レギュラトリーといって、各国の制度に対応する協議をするグループがあり、各メーカーは、それぞれの規制を考慮した仕様策定を日々進めている。

 大事な事は、メーカーというのは、仕向け地において違法となる製品を積極的に出そうとはしないという事だ。コンプライアンスが重要な経営課題である現代社会において、脱法や違法での利用を前提とした、ものつくりや拡販をするようなメジャー企業はいない。

電波法、技適、IEEE802.11、Wi-Fi認定の関係
以上のように、電波の利用は、各国毎に電波法があり、いろいろな機器が免許無しでより使いやすくなるように、各国では技適のような制度を制定して運用している。これらは、あくまで国による管理のための基準であり、法的な根拠と効力を持っている。

一方で、より消費者に馴染みのあるところとして、Wi-Fi認定といのうがある。これは、冒頭に書いたようにWi-Fi Allianceに加盟した企業の連合で制定した、相互接続のための認定プログラムである。この認定は、あくまでも各国の制度規定に乗っ取っている製品が、その制度規定だけではカバーできない互換性の保証をするものである。

だから、よくWi-Fi認定をとっていれば、何処の国でも使えるんでしょなんて聞かれるけど、これはまったくの誤解であり、Wi-Fi認定には、法的な根拠や効力はないし、法的な規制に合致している無線局かどうかの試験は含まれていない。

また、技適制度を利用した製品には、Wi-Fi以外のものもの多々あり、これらは当然Wi-Fi認定もないし、メーカもWi-Fiに加盟していない。(それなりに加盟料金も認定料金も高い)
また、IEEE802.11は、電波の変復調や接続制御といった、一番低い層の技術的仕様を制定しているものであり、これ自体に法的拘束力は無い。ただし、IEEE802.11は、各国の電波法や制度を精査した上で、それに合致するように規格を決めている。

つまり、
 ITUの規定 > > 各国の電波法 >> IEEE802.11 >> Wi -Fi
という順で、規格の拘束力が強いことになる。

より良い環境へ
ということで、長々と解説記事をかいたけど、では、無線LANをもっと世界で簡単に自由に使えるようにするのには、どうしたら良いんだろうか?

理想的には、無線LANに世界共通バンドを割り当てるように、ITUで活動をするというのが、まず第一にある。しかし、電波利用は、通信だけでなく、天文や計測などもあり、こはれとても容易ではない。

だとすると、各国の電波監理のなかで、技適要件を可能な限り共通にし一本化することが望ましいだろう。こういうアクションを促したり、それに向けた提言を行う事が、我々関係者がすべき事かと思う。

ただ、冒頭に書いたように、それなりの有識者の方々をもってしても、技適の形骸化が国内の行政裁量よって引き起こされるような誤解を招いてるとしたら、もっと電波利用や制度についての、啓蒙活動を推進することも重要なのだろう。 

最初は、自分の目の前に見えている事象の不都合を、少なくともその根拠となる部分の確認などをせずに、やれ制度が不十分だとか、こんなもの意味ないじゃんと批判するのは、いかがかなと思ったのだが、こういう人達にちゃんと伝えてないことのほうが、本質的に問題なんだと思ったわけで、久しぶりに長々とした記事を書いてしまった。