さっきちょっと堀義人氏にFacebookでコメントしたが、日本はおそらく世界でもっとも起業しやすい国だ。まず資金が余っている上に、優秀な人材が大企業の中で腐っている。そういう人が起業する上で大事なのはチャンスだが、それも世界一多い。
シリコンバレーでは資金調達のすごい競争があり、世界中から優秀な起業家が集まってきて、革新的なビジネスプランを投資家に提案する。はっきりいって、日本の起業家がそこで勝ち抜ける見込みはほとんどない。ところが日本では、私のところに大手ベンチャーキャピタルから「投資したい」という人が来るぐらい、資金供給が過剰だ(投資機会が少ない)。
その原因は、一つしかない:みんな空気を読んでリスクを避けるからだ。大企業や官庁のエリートは、社会的な地位も収入も十分あるので、リスクを取って起業する必要がない。経営者も、ハイリスク・ハイリターンのプロジェクトにはOKを出さない。そういう中では、ハイリスクの投資をするだけで普通より高いリターンが出せる。
私の知っている例でいうと、ソフトバンクが通信事業に参入したのはいろいろな偶然の産物で、通信業界では誰も成功するとは思っていなかった。NTTの人々は、最初は笑っていたが、そのうち孫正義氏の「顔も見たくない」というようになった。客観的にみて、理論的にはNTTの人々が正しかった。2001年にヤフーBBがADSLに参入したとき、それが成功する技術的な可能性はゼロに近かった。
しかしITバブル崩壊で追い詰められた孫氏は、総務省に乗り込んで「いうことを聞いてくれなければ、ここでガソリンをかぶって火をつける」といったりして、アンバンドリング規制をやらせた。NTTは大反対だったが、彼らは紳士なので、表向きは政府の「IT戦略」に従った。ある幹部は「ソフトバンクはどうせつぶれるから、好きにやらせればいい」といった。
結果的には、ADSLそのものはトントンぐらいだったが、これでソフトバンクは通信分野の人材を集めた。そのとき日本を撤退するボーダフォンの話が持ち込まれたが、ある外資系企業の社長は「私のところにも話が来たが、インフラを調べて仰天した。あんなボロボロのインフラで事業するのは自殺行為だ」といっていた。それを孫氏は買った。このときも2兆円近いノンリコースローンを組んだので、金利が上がったら終わりだったが、低金利で助かった。
・・・というように事前の成功確率でみるとADSLは1/10ぐらいで、携帯電話も1/10ぐらいだった。だから孫氏が生き残る確率は1%もなかったと思うが、彼はそのわずかなチャンスをものにした。それは競争相手がいなかったからだ。たとえばアメリカでは3000以上のCLEC(競争的通信事業者)がADSLに参入したが、そのほとんどが死に絶えた。電話会社が訴訟で彼らに勝ったからだ。
携帯電話でも、たとえばVerizonは4Gの周波数オークションだけで1兆円払ったが、ソフトバンクは700MHz帯の周波数をタダで手に入れた。競争がないから、総務省の家父長的な電波政策が21世紀まで残るのだ。NTTドコモと徹底的に闘ってオークションを主張したのは、空気を読まないクアルコムだけだった。
もちろん孫氏はすぐれた起業家だが、彼がシリコンバレーにいたら、今のような大成功はしなかっただろう。彼の才能は空気を読まないでリスクを取ることにあり、それは競争のない日本社会ではきわめて大きな優位性だ。凡庸な起業家でも、空気を読まないでハイリスクのプロジェクトを企画すれば、資金がつき、人が集まり、そして競争がない。こんな起業家にとって有利な国は他にない。