「若い世代」の主導による新しいグランドデザインが必要だ

江本 真弓

安倍首相が日本の成長戦略の柱として「地方の創生」と「女性の活躍」を掲げた。ようやく日本政府も少子高齢化及び人口減少問題に取り組む気になったかと思うには、違和感が大きい。例えば私の専門である土地と建物と街を見るだけでも、国土交通省の政策方針と真逆だからだ。

国土交通省の方は、この10月にリニア中央新幹線の開発を許可する予定だ。また相変わらず容積率ばらまき政策も激しく、東京では高層ビル・高層マンションの建設ラッシュが止まらない。「東京一極集中」こそが、日本の少子化の原因と言われているのにも関わらず、「東京一極集中」を強めるこれらは、相変わらず「地方切り捨て」及び「少子化促進」へ向かっているとしか言いようがない。


人口総計1

●リニア中央新幹線の問題
27年に開業予定のリニア中央新幹線は、建設費90兆円。交通政策審議会による経済効果は、利用者の利便性向上などの「便益」で1年間に7100億円のプラス、旅行関連産業などの「生産額」が1年間に8700億円増加するという。豪勢な話だが、2つの欠落がある。1つは人口減少の考慮、2つはリニア中央新幹線の開通により経0済損害を受ける側の損失だ。

日本の総人口は、上図の通りリニア中央新幹線が出来る27年以降、10年に1000万人以上のペースで人口が減少する。それに伴い需要と経済効果が当初想定からどれだけ減少するのか。キャッシュフローの変化を示すべきだろう。

またリニア中央新幹線は、新しい需要を生むかもしれないが、既存の東海道新幹線及び飛行機便の顧客も大きく奪う。リニア中央新幹線の収益に近い金額の売り上げを、JR東海及び各航空会社主力線は失う。2次的には地域及び関連産業の経済損失。3次4次的には従来のドル箱路線の収益悪化により、他地域路線への影響もある。投資判断における機会損失の考慮は、現在MBAファイナンスの常識だ。

●容積率ばらまき政策の問題
国土交通省の街づくり政策の基本は、容積率をばらまいて民間への建物スクラップアンドビルド促進だ。

それゆえ、改正マンションの建替えの円滑化等に関する法律でも、一定要件を満たせば容積率緩和がある。国土交通省の都市計画のHPでは、地域の創意工夫による容積率特例制度の活用例の紹介に力を入れている。

デベロッパーと建設業界の利益を第一とする国土交通省は、少子化と政府債務増大とで、気前良い公共工事ばらまきが出来なくなったため、今度は容積率をばらまきで民間建物の建替え・再開発で彼らの仕事作りに躍起だ。そこに安易なコンパクトシティ都市論等をぶちまける、机上学者たちが口を添える。

この政策の大問題は、スクラップアンドビルドでは、個人も国も資産が残らないことだ。それが世界の常識だから世界では、街と建物を、メンテナンスを繰り返しながら長持ちさせるノウハウがある。ところが日本の国土交通省は、そのような「サステナビリティ」を水際排除し、開発・再開発を優先させる。

国はそれで作った1000兆円超借金を次世代に押し付け、デベロッパー及び建築業者は、建てて儲けて終わりだ。しかし民間は、そう無責任ではいられない。自ら資金を出し大きな負債を負えば、その後借入金を返済して50年100年維持できるかが問題となる。

いずれ人口が半減する日本で、容積率緩和再開発だらけで建物を倍増さればどうなるか。今や13.5%に登る日本の空家率を無視してさえも、現在10の不動産に10の利用者がいるものが、使う人は5に減るのに不動産の数は20に増え、15が余る。リスクが高すぎて、民間では簡単には再開発が出来ない。

結局容積率緩和策を活用するのは、資金力があり先を考えない大手デベロッパー等の大型再開発が中心だ。東京でさえ人口が減少する。高齢化率が増加し労働人口は更に減少する。にも関わらず一部地域に高層ビル・高層マンションが乱立すれば、そこに減少する需要が吸収され、周辺地域は本来の人口減少以上に需要減少が加速する
東京の都心では、そうでなくとも従来地域防犯及び防災を担ってきた地域コミュニティが高齢化で衰退寸前。今後の防犯と防災の劣化は避けられない。そこに建替えもできず適切なメンテナンスも出来なくなった荒れたビル・マンションが増加すれば、街はスラム化の一途しかない。そこに移民政策を導入したところで、貧しい移民の増加は、スラム街を更に充実させる。安全と清潔を誇った東京を発展途上国のスラム都市のようにすれば、発展途上国なみに人口が増えるとでもいうのだろうか。国土交通省の冗談も楽しい。

●新しいグランドデザインを描くのは若い世代
国土交通省は、経済成長最優先の「開発」至上主義で、日本に高度経済成長をもたらが、その街づくりでは、人が働きやすく暮らしやすく子供を育てやすい「クオリティ・オブ・ライフ」及び街が長く存続するための「サステナビリティ」を置き去りにしてきた。現在の日本の少子化進行及び人口減少による日本の国の存続危機は、ある意味その当然の帰結ともいえる。

鉄道及び街の開発再開発は、一度建設されたらほぼ永続し、長く地域と社会に大きな影響を与える。国土交通省が、鉄道や街の再開発に関して、相変わらず「開発優先」、「地方切り捨て」「少子化促進」政策を邁進しては、いくら各論で少子化対策や人口減少対策が促進されても、効果は期待できない。

しかし人口減少時代へ向けて見直すべきは、リニア中央新幹線と容積率バラマキ開発だけではない。土地と建物関連だけでも、所有者不明土地と空き家問題。その原因である固定資産税問題、公図と登記の問題他あげればキリがない。他にも社会保険、教育等、国民の生活と産業に関わるあらゆる分野で同様の問題が噴出している。

つまり今の日本が必要としているのは、人口減少時代に適合し、そこから出生率の回復と新たな国の成長に向かう日本の新たな「グランドデザイン」なのだ。それは人の「クオリティ・オブ・ライフ」及び全国の街の「サステナビリティ」はもちろん、これからの世代の国民の生活と産業に関わる全てボーダレスに網羅して、新しい街と社会と産業経済と社会保障と教育のあり方を示すものでなければいけない

そしてそのような新しい日本のグランドデザインを描けるのは、これからの時代に当事者として生きる40代以下の世代しかいない。「自分達」が生活しやすく、働きやすく、結婚して子供を育てやすくするにはどういう社会でありたいか、当事者が考えるべき問題だからだ。高度経済成長期の夢と従来利権に囚われて知恵の枯渇した年寄には無理だ。机上だけの経済学者や霞が関の役人も無理だ。

今の日本が必要としている政策は、「地方の創生」と「女性の活躍」よりまず先に、「若者の主導」だ。そのためには、未だ主役気分で社会経済政治に居座る「年寄りの勇気ある引退」が不可欠だ。

安倍首相は秋の内閣改造で、女性を積極活用するという。女性の地位に問題の多い日本としては歓迎するが、それが「年寄り」主役の引立て役としての期待なら、女性として、牡丹餅は頂くが、有りがたいものではない。本当に今後の日本の人口減少問題を考えるのであれば、まず「年寄りの勇気ある引退」を促し、「若者の主導」で、これからの日本の「グランドデザイン」に早急に取り組むことが先決だ。「地方活性化」も「女性の地位の見直し」もその中で議論されてこそ、生きるものだから。