「軍の関与」は争点ではない

池田 信夫

最後に、朝日新聞が1面に掲載した「慰安婦問題の本質 直視を」という杉浦信之編集担当役員の記事を検証しよう。朝日としては、あえて吉田清治や女子挺身隊の誤報を認めた上で、「女性の尊厳」などの情緒的な言葉で窮状の打開をはかったのだろうが、この記事は問題を取り違えている。

日本軍の関与を認めて謝罪した「河野談話」の見直しなどの動きが韓国内の反発を招いています。韓国側も、日本政府がこれまで示してきた反省やおわびの気持ちを受け入れず、かたくなな態度を崩そうとしません。

ここではもっぱら「軍の関与」を指弾する論調になっているが、河野談話の見直しは「関与」を見直すものではない。「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」という表現で、政府が強制連行したとも解釈できる曖昧な表現を修正しようということだ。

軍の関与を否定する人は、関係者には一人もいない。戦地は危険なので、軍の関与なしに商行為はできない。戦地では売店も床屋も、すべて軍が関与していたのだ。宮沢訪韓のあと、1992年7月に出された加藤官房長官談話では、次のように明言している。

私から要点をかいつまんで申し上げると、慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められたということである。

このころまで、自民党の一部には「慰安婦は民間の商行為で軍はまったく関与していない」という人がいた。この談話は、それを否定して政府の監督責任を認め、「いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい」と謝罪した。したがって日本政府は軍の関与を公式に認めており、この話はもう終わっているのだ。杉浦氏は

見たくない過去から目を背け、感情的対立をあおる内向きの言論が広がっていることを危惧します。戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです

とうたい上げるのだが、慰安婦の一部に人身売買があったことは誰もが認めている。これが多くの場合(民間業者の)強制をともなうことも自明だ。しかし人身売買は、内地の娼婦にもあった。吉原では警察や保健所がやっていた娼婦の管理を、戦地では軍がやっていただけのことだ。

慰安婦だけが「女性としての尊厳を踏みにじられた」わけではない。吉原では、10年ぐらいの年季が明けるまでほとんど無給で客を取らされ、年季明けまでに性病で死ぬ遊女が多かったという。慰安婦が悲惨だったのではなく、娼婦という職業が悲惨だったのだ。そして、そういう時代はもう終わった。21世紀に、そんな昔話を蒸し返す意味は何もない。

杉浦氏は経済部出身で、木村伊量社長も政治部出身だから、社会部の左翼軍団に手を焼いている側だろう。先輩から受け継いだ「負の遺産」の始末に困り、ここで一挙に清算しようとしたのかもしれない。誤報を率直に認めた勇気はたたえたいが、もう一歩踏み込んで朝日を呪縛している「加害妄想」を抜本的に見直してはどうだろうか。