たとえば2007年3月8日の1面トップの記事では「安倍首相による河野談話の否定が性奴隷を傷つける」と書いているが、これは誤報である。ここで名前のあがっている呉秀妹(Wu Hsiu-mei)は台湾人、ヤン・ルーフ・オヘルンはオランダ人で、河野談話の対象としている韓国人の慰安婦ではない。
この記事のどこにも、日本の軍あるいは官憲が彼女たちを強制連行(徴用)した証拠は出てこない。それは当たり前だ。台湾にも(オヘルンのいた)インドネシアにも、徴用の制度はなかったからだ。呉は人身売買で慰安所に行き、オヘルンは現場の兵士が強姦した(スマラン事件)。後者は軍紀違反として処分された。これは日本軍が強制連行を禁止していた証拠なのだ。
オオニシの後任のマーティン・ファクラー支局長とヒロコ・タブチ記者は、それほどひどい記事は書いていない。私はツイッターでタブチ記者と討論したが、彼女の論拠は吉見氏の本など既知の2次資料だけで、どこにも強制連行の証拠はない。彼らの使う性奴隷という言葉は曖昧だが、
- それが徴用をさすなら、その証拠は旧植民地にはない(朝日新聞も認めた)。旧植民地以外には徴用の制度がないので、証拠が出てくるはずがない。
- それが公娼(軍の管理した売春)をさすなら、日本政府もその存在は1992年に認めて謝罪しており、「否定している」というのは誤りだ。
- それが人身売買をさすなら、朝鮮にも内地にもあったが、主語は民間人だった。それは違法行為であり、官憲や軍が人身売買を行なった証拠はない。
いずれにせよ、オオニシ記者の「日本軍が大規模な性奴隷を連行した」という記事は誤報である。意味不明で誤解をまねきやすい「性奴隷」という言葉を、NYTのような高級紙が使うのは恥だ。これについては私が英文記事で彼らの誤解を指摘したあと、東京支局からは慰安婦の記事が出なくなった。しかしNYTの記事が国連や米議会の論拠になったことを考えると、彼らも誤報を訂正する必要がある。
朝日新聞も今回の検証記事で「日本の植民地下で、人々が大日本帝国の『臣民』とされた朝鮮や台湾では、軍による強制連行を直接示す公的文書は見つかっていない」と認めた。これは吉見氏や秦郁彦氏とも一致する歴史学の常識である。NYTもオオニシ記者の記事を撤回し、謝罪すべきだ。